16th Stage
食堂へ入った俺たちは、手指の消毒を行ってからおかずを載せるためのトレーを手にした。スマホの画面を見ると、時計の表示が18時を過ぎているのが目に入った。
「もう夕方か。夏だからまだ明るいけど」
店内はエアコンで快適かと思いきや、出入口のドアは常に開いたままの状態になっている。壁のほうには、感染防止のため取り組みとお客様へのお願いが貼られていた。
「長市さん、夕方なのに人が少ないような気が……」
「ウィルス禍の前は、お昼や夕方には席がほとんど埋まっていたけどなあ」
店内には、俺たちはもちろんのこと、他のお客さんや食堂のスタッフの全てがマスクをつけている。さらに周りを見回すと、テーブル席の全てにアクリル板が設置されている。
「手短に話を済ませて店を出ないといけないな」
トレーにおかずの入った器を載せてから、白飯と味噌汁を頼むと窓際の奥にあるテーブル席へ移動することにした。椅子に座った俺は、テーブルの真ん中に置かれたアクリル板を挟む形で田野と向かい合っている。
食事をしている間は、お互いに何も言うことなく手元のおかずを箸でつかむように口に入れていた。会話をする時には、俺も田野もマスクを着用することを事前に申し合わせている。
「ところで、長市さんの言う気になることって……」
「それがねえ……」
田野は、声を詰まらせながらも再び自分の言葉で俺のほうへ伝えようとしている。それは、俺にとっても他人事ではない話だ。
「少し前に、僕は自宅でのリモート出演を終えてからロードバイクの練習に出かけようと外へ出たことがあってねえ。その時に、隣の家の手前の電柱に隠れていた男が逃げるのを目にしたんだ」
「気持ちが悪い光景だなあ。それで?」
「その逃げた男なんだが、シノマキヌオと姿が似ているような感じが……」
「シノマって、長市さんのCeroTubeチャンネルにゲストで出ていたよねえ」
「ああ、そうさ。この前に目撃した時の服装が、僕のチャンネルへ出た時にシノマが着ていたのと同じ服装だったなあ。もちろん、逃げた男がシノマでないことを信じたいが……」
マスク越しで互いに会話を進めるうちに、シノマとおぼしき男が何の目的で田野の自宅近くの電柱に隠れていたのか疑問を抱くようになった。
「早く食事を済ませて店を出ないといけないな」
店舗前に置いた自転車を確かめようと、俺たちは食事を終えて料金を支払うと開かれたままの出入口から外へ出た。俺と田野の自転車は、どちらも二重ロックをしているので盗まれることはなかったが……。
「物騒な世の中になったなあ」
田野と別れの挨拶をすると、俺は住処の自宅マンションへ向かって自転車を走らせることにした。感染者数が再び増加しているのか、夕焼けの広がる街中を行き来する人はあまりいないようだ。
そんな時、ダークグリーンのワゴンの後ろに自転車を載せてドアを閉めているのが俺の目に入ってきた。その車の持ち主は、慌てた様子で運転席に乗るとすぐさまその場から走り去った。
「あの姿、もしかしてシノマ?」
感染防止のためにマスクをしていたが、その男の動作する仕草や癖は番組収録の場にいたシノマとほぼそっくりだ。俺は、ワゴン車のナンバープレートに記された番号を覚えているうちにスマホのメモ帳に入力することにした。




