1st Stage
ニューノーマル、それは数年前まで一切耳にすることがなかった言葉だ。
単なるノーマルだったのが、ある時期を境にニューノーマルになれば戸惑いを隠せないのも無理もない。それに慣れる人は満足するだろうし、慣れない人は満足しないのは当然の自明だ。
まあ、新たな生活様式で推奨された公共交通機関から自動車へのシフトは、気候変動への重大な悪影響を招いたわけだが……。
そんな中、自転車が環境にやさしくて適度な運動ができる乗り物と一躍注目を集めることになった。その流れに乗って、俺たちシンゴーキの3人もオリジナルの自転車で近場へ行く機会が多くなった。
本来なら他の芸人たちと合同でサイクリングをしたいところだが、ウィルスが蔓延している中で相手と顔を合わせるのはどうしても憚られてしまう。だからといって、オンラインやSNSで互いに交流するだけでは味気ない。
やがて、自転車が好きな芸人仲間と番組内で顔を合わせることになったが、その中心メンバーのピン芸人にある疑惑が……。
これは、自転車好きが高じるあまりに道を踏み外してしまった芸人のことを記したニューノーマルな時代の事件簿だ。
水曜日に日付が変わったばかりの深夜1時、俺たちの掛け声でいつもの番組が始まる。
「深夜1時を回りました! シンゴーキの青信号こと青田すすむで~す!」
「同じく、黄信号の黄島ただしで~す!」
「赤信号で渡ってしまった、赤井しんごで~す!」
「3人揃って、お笑い信号機ことシンゴーキの『ミッドナイト&ナイト』!」
俺たち3人の息の合った掛け合いでスタートしたこの番組だが、この日の生放送は放送局のラジオスタジオではない。
「5月13日の『ミッドナイト&ナイト』、今週も俺たちが暮らしているプライベートスタジオからリモート生放送でお送りしま~す!」
このフレーズが示す通り、生放送を行っている場所は俺たちの住処となるマンションの一室だ。
居間のテーブルの上には、即席のラジオブースとマイク、それにスタッフとリモートで共有するためのディスプレイが設置されている。外部から音が入るのを防ぐために防音材の設置も欠かせない。
「リモートでの放送って先月からか?」
「先月の8日からですね」
「放送に携わる関係者以外の入館禁止って、いつまで続くのか」
「メールで『当分の間、局舎の閉鎖』となっているけど、これってディストピアの世界だよなあ」
最後に発した言葉の通り、俺たちが住む世界は自由が制限されたディストピアそのものだ。ウィルスへの感染に怯えながら……。
俺たち3人は一緒に暮らしているから、さほど問題にならないだろう。しかし、他人と顔を合わせるとなると躊躇するのはなぜだろうか。
ほんの6週間前までは、坂塚や峰渕といったスタッフが俺たちとともに動画配信の打ち合わせをこのマンションで行ったものだ。学校の一斉休校や各種イベントが次々と中止になるなど、ウィルスの影響が大きく広がっているのが気がかりだったが……。
この状況が急展開を迎えたのは、俺にとっても小さい頃からテレビでおなじみだった大物コメディアンがウィルス感染に伴う肺炎で急死したことを報じてからだ。すると、堰を切ったようにテレビ局やラジオ局などが局内外の如何を問わず番組収録やロケの中断に踏み切った。
俺たちが出演するような生放送の番組は通常通りに放送されるが、その場合もスタジオにいるのは司会者と放送局のアナウンサーのみということが多い。そして、俺たちお笑い芸人はウィルス感染防止の徹底という名目で自宅からリモートでの出演が続いているのが実情だ。