1‐3
ほい、完結です。
「私と踊っていただけますか、お嬢さん」
……うわ、やめれ。
王太子殿下からのダンスの誘いなんて、断れないやつじゃんか!
わたしは苦虫を三十匹くらい噛み潰したような顔で、殿下を見上げた。
「……わたしがダンスできないことくらい、殿下はご存知でしょーが」
「ローフィール侯爵とは踊っていたじゃないか」
「あーれーはー。
アルの顔見ながらアルの足を踏まないっていう、罰ゲーム付きの恐ろしいゲームです」
「ぷっ、なんだそれ」
「アルの考えた、わたしのパーティ対策ですよ!」
「ローフィール侯爵はやり手だな。
でも、ローレイ。ローフィール侯爵にできて私にできない、なんてことはあるかな?」
王太子殿下が自信ありげに口角を上げた。
うわ、本当にやる気なのか。
知らねーぞ。絶対踏むぞ。
「……これ、断れないやつですよね」
「そうだね。私は王太子なんで」
「うわー、権力をかさに着てる、横暴な王太子様がいるー」
「なんとでも言うがいいよ。
……王族の特権なんて、こんな時くらいしか使えないんだから」
楽隊の前奏が始まっている。
わたしは腹を括って王太子殿下の前に立った。
右腕を伸ばして手をつなぎ、左手は殿下の二の腕に添える。
にこやかな王太子殿下の、顔が近い。
とりあえず知ってる曲だ。ラッキー。
たどたどしくも、殿下の足は踏まずに済みそうだ。
「……へえ、意外と上手いじゃないか」
「余計こと言わないでくれます? 踏みますよ?
てか、よくも巻き込んでくれましたね」
「言っただろう? 王族の数少ない特権だって」
「……近い将来に、すべての物を手に入れるお方が、何を言ってるんですか」
「王にできることなんてそんなに多くはないよ。暴君になるなら、別だけどね。
ローレイはそんな王を望むのか?」
わたしは即座に首を振った。
急にとんでもないことを言い出すな、この王太子は。
シニカルな笑みを浮かべて、殿下は華麗にステップを踏む。リードがうまいからなんとかなってるけど、わたしの足元はてんやわんやだ。殿下、確実にアルより上手い。
「王族に、自由にできる権限なんてそうないんだ。どちらかというと縛られることの方が多いかな」
「まあ、そうでしょうねえ」
「結婚だって政略結婚が前提だし。幼い頃からなんとなくそういうものだと理解してきた」
「ああ、殿下はまだご婚約もされてないですよね。王族にしては珍しい」
「候補が複数人いるから、まだ確定していないだけ。そろそろ決まるんじゃないか?」
「めっちゃ、他人事ですね」
「決まったら、その人を愛する努力はすると思うよ。
……そもそも、自分が恋に落ちるなんてことはないと思ってた」
「自由恋愛は、王族には無理でしょうからね」
「そうなんだ。だから、実現してみたくなるよね。
……ローレイ」
王太子殿下がわたしに顔を近付けた。
澄んだ碧色の瞳が、わたしを射抜いた。
「私の妃にならないか?」
「???」
「王太子妃に、ならないか?」
「………………ぎゃー!!!」
わたしはステップを無視して三歩くらい下がった。もちろん殿下もついてくる。そしてついに殿下の足を踏んでしまった。ぎゃー!
「なんてことほざいてんすか、殿下!」
「うーん、やっぱりダメか」
「あったり前でしょう! もともとわたしは、ど平民ですよ! 養子になって子爵家に入っただけですから!」
「身分を超越する愛って、格好いいと思ったんだけど」
「そんなもんは三文小説の中だけで完結して下さい!」
「そう? 残念だな」
殿下はあっさりと諦めて、丁寧にステップを踏んだ。わたしにも優しいステップである。
ちょうど音楽が終わり、お互いに一礼する。
……あー、疲れた。
すげえ濃い時間だった。
もう殿下とは踊りたくない。
わたしはダンスを終えて気が抜けていたんだろう。
踵を返そうとした所を、王太子殿下に引き寄せられた。
そのままちゅっと、頬にキスが落ちてきた。
………………ぎゃー!!!
殿下は目を煌めかせてわたしを見ていた。
……いや、そんな目で見んなや。
殿下の手がすっと、わたしの頬に添えられた。
「割と本気で言ったんだけどな」
「……いやいやいや、シャレにならないっす」
「私にはない、とても自由な君を見ているのが好きだった」
「やめてください。周囲の耳目もあります」
「そうだね。
君の婚約者もこちらを見てるしね」
「げ」
「えーと……彼はきっと怒ってるんだよね?」
「……あれは、怒りを通り越した時のすげえヤバい顔です、王太子殿下」
会場の奥から、ものすっごいにこやかな顔したアルが、すごい勢いでこちらに向かってきていた。
にこやかだが、周囲が氷点下になるくらいの冷たいきらきらが出ている。
……うわあ、怒ってるぅ。でも王太子殿下相手に怒り爆発させるわけにもいかないし。
どうすんだろ、アル。
アルはまっすぐに王太子殿下に向き合った。
顔はにこやかだが、ブルーグレイの瞳は凍りついている。
「王太子殿下、そろそろ私の婚約者をお返しいただけますか?」
「嫌だなあ。もう少しローレイを堪能したい」
「レイは、殿下のものではないのですよ」
「まだ、君のものでもないよね。ローフィール侯爵」
「冗談で済ますなら、今のうちです」
「私の本気を試してみるかい?」
アルと王太子殿下が表面上はにこやかに立ち会っている。ただし、目が怖い。バチバチいってる。二人とも怖い。
美形の喧嘩は迫力がレベチだな、おい。
緊張感が半端ないよ。周囲も巻き込まれたくなくて遠巻きにしてるよ。
……いや、待てよ。なんでこんなことになってんだ。
つーか、二人で喧嘩するなら、わたしいらなくね?
そうだよね。二人で勝手にやればいいよね。
なので、そーっとその場を去ろうとした所を、アルにあっさりと捕まえられた。わたしのこういう行動が読めるあたり、アルに一日の長がある。
「レイ! 逃げんな!」
「いや、二人で仲良く喧嘩してんなら、わたしいらんなーと思って」
「君はどう考えても、当事者だからね!」
「でも、喧嘩してたの、アルと殿下じゃん」
「喧嘩じゃない。
喧嘩したわけじゃない。
喧嘩であるはずがない。
……そうですよね、王太子殿下」
アルが鋭い目付きで王太子殿下に目を向けた。
殿下はアルをしばらく見返していたが、仕方なさそうに苦笑した。
翠の目が柔和に細められた。
「ああ、喧嘩ではない。
ただのじゃれあいだ」
「なんだ、そうなの?」
「……そうだよ。
レイは本気にしたのか」
「うん。
よくわかんないなー。アルと殿下って、そんなに仲よかったの?」
「初対面だが、たった今仲良くなった」
アルの言葉に、王太子殿下は吹き出した。
腹の底から笑いが込み上げてきたみたいだった。
うんうんと、アルの言葉に頷いた。
「確かに、今仲良くなった。
これからも頼む。ローフィール侯爵」
「仰せのままに」
アルが深く、臣下の礼をした。
それを、会場の多くの人が見ていた。
難しいことは分からないが、アルと王太子殿下が繋がっていると印象づける事が、この場では重要なことなんだろう。
その時、パーティ会場の一角がざわめき出した。
明るい黄色とオレンジ色のドレスを着た小さな女の子二人が、警護たくさんを引連れてこちらに向かって来ていた。
「おにいちゃま!」
「……カレン、オーディ」
「おにいちゃまばっかり、ズルいのよ!
わたしたちだってローレイと遊びたいのに!」
王国の姫様、カレン姫とオーディ姫の登場だった。
オーディ姫がわたしに抱きついてくる。
わあ、久しぶりのオーディ姫だ。
「ローレイ、どうしてお部屋に来てくれないの?
オーディのこと、嫌いになったの?」
「オーディ姫のことは大好きです。
悪い大人がわたしをオーディ姫のお部屋に近づけないように、仕向けているんですよ」
「そうなの? じゃあ悪い大人、やっつけないとね!」
「オーディ姫、たくさん勉強して、悪い大人やっつけてください」
「わかった! そうしたらローレイといっぱい遊べるんだね!」
わたしとオーディ姫が再会を喜んでいる間、カレン姫は王太子殿下を弾劾していた。
「おにいちゃまってば、ローレイに手を出すなんて最低!」
「手を出してなんかいないよ」
「さっきのキスはなんなのよ! 言い逃れなんか出来ないでしょ!」
「あれは……ダンスの時、ローレイが私の足を踏んだから、罰ゲームで」
「本当ね? 下心はないのね?」
「……ないよ」
「今回は信じてあげる。
ローレイとローフィール侯爵は、要観察物件なんだから、余計なことしないでよね!
……というか、オーディ! ローフィール侯爵がすぐそばにいるわ!」
「おねえちゃま、本物よ! 本当にきらきら出てる!」
カレン姫とオーディ姫が、胸の前で指を組んで目をきらきらさせている。実際に爽やかならきらを出しているアルを、うっとりと見つめていた。
……あー、アルのこと近くで見たいとか、前に言ってたな。
私はオーディ姫の前にかがみ込んだ。
「オーディ姫、アルに抱っこしてもらえばいんじゃないすか?」
「いいのっ?」
「アル、いいよな」
「構いませんよ。
カレン姫もいかがですか?」
「私もいいのっ? ……オーディより重いわよ?」
「鍛えてますから、なんの問題もないですよ」
「オーディ、鍛えてますからだって~! 超カッコイイ!」
「おねえちゃま、目がハートなってる!」
「こんな美形こんな間近で見たら、キュンキュンするに決まってるでしょ!」
「姫様、その言葉。情緒がどうかしてる私の婚約者にも、言ってやっていただけますか?」
「ローレイ、贅沢者!」
「ローレイ、ずるーい!」
「……アルお前、最強の武器を手に入れたな」
アルは右腕にカレン姫、左腕にオーディ姫を抱いて立ち上がった。二人の姫様が高い視線にきゃあっと喜んでいる。
両腕に、この国有数の権力を抱き抱えたアルが、王太子殿下に向かってニヤリと笑った。
「では、お席までお送り致します。王太子殿下」
帰りの馬車の中、わたしはアルにくどくど文句を言われていた。
アルが陸軍幹部の集団に入り、わたしを振り返ったところ、すでに人垣でわたしの姿は見えなかったそうだ。どうなってんだとそわそわしているうちに、王太子殿下とダンスしているわたしを発見して愕然とし、さらにほっぺにキスされた時点で目の前に緋色の幕がおりたそうで。
穏便に済んでよかったものの、場合によっては王太子殿下を一発くらい殴ってたかも、などと不穏な事を言っている。
わたしが悪いのかなー。でもだいぶ不可抗力な気もすんだけどなー。
アルの文句が長いので、眠気が襲ってきた。
なんか、すげー疲れたし。
わたしはアルの隣に移動して、アルの膝に頭を預けた。邪魔なティアラとイヤリングは取って、その辺に放り出しておく。馬車の中なんだから、失くすこともないだろう。
アルが途端にわたわたし出した。
「レレレレレ、レイ?」
「……文句は明日聞く。眠い」
「あのさ、これさ。
かなりちょっと、いいシチュなんだけどっ」
「知らん」
「あざといよね! レイってあざとい事してくるよね!」
「あ、そー」
「ああ、もう、レイ!
好きっ! 大好き!」
「知ってる」
「ねえ、レイは? レイはどうなのっ?」
「……好きじゃなきゃ、こんなことしねえし」
「……!
今日イチの言葉、いただきました」
「そら、よかったな」
「レイっ、寝る前に! お願いっ」
私はむくっと起き上がって、アルの形のいい唇に自分の唇を押し付けた。もう帰るだけだから、特別な。口紅ついても知らんからな。
ほわほわと柔らかいきらきらが降ってくる。
再びアルの膝に転がったわたしは、心地よい馬車の揺れとアルの体温を感じながら、すぐに眠りに落ちていった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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