サイコロリエルフ
夕暮れに馬車を走らせていると、道端に小さな影が見えた。
子供だ。子供が屈みこんでいる。何か棒状のものを抱き込むようにして。
何故、子供が一人で……?
頭に地図を浮かべるが、ここから一番近場の街でもかなりの距離がある。
もしかしたら、魔物が化けているのかもしれん……
私は不気味さを覚え、その子を無視しようかと迷った。
しかし、近づくにつれ、そんな気は無くなってしまった。
子供は全身血塗れで泣いていたのだ。しかも、恰好と特徴的な耳の形から、それはエルフの少女だとわかる。
人攫いから逃げてきたのか!
私は直感的にそう確信した。
エルフは美しさ、希少性から非合法の闇市場では高値で売買されていると聞く。だから、誘拐の被害にとてもあいやすい。
こんな小さな子供まで。どれだけ酷い目にあったのだろう……
そう思うと胸が締め付けられ、馬車を止めずにはいられなかった。
馬車を降り、すすり泣くエルフの少女へと近づく。彼女が細腕で抱えていた棒状のものは鞘入りの長剣であった。なんとも身の丈に合わぬ代物だが、杖代わりにして、ここまで歩いてきたのだろうか?
「一体、何があったんだい?」
私はなるべく優しく声をかけた。
エルフの少女は顔を上げ、エメラルドグリーンの大きな瞳で私を見る。
顔中が血塗れにあっても、損なわれることのない美しく輝く瞳。
その瞳は、乾いていた。
「え?」
違和感。
正体にはすぐに気づく。
彼女は確かに全身血塗れだ。しかし、外傷がどこにも……
ヒュン、と風を切る音がした。
腕がカッと熱くなり、血飛沫が飛ぶ。
悲鳴。私の。
不気味に薄ら笑いを浮かべるエルフの少女。
抜き放たれた剣の血濡れの刀身が、夕日にどす黒く照らされた。
*
「つまんない」
男であった肉塊を見下ろし、ぼそりと無感情に呟いた。
今回の人間はあっけなさすぎる。
もっと醜悪に、もっとみっともなく生にしがみついてくれなきゃ。
お母様は言った。我々エルフ族は世界で最も美しい一族だと。だから目に入れるものも、作り出すものも、全てが美しくなければいけないと。
でも、それは間違っていると思う。
美しいからこそ、醜さは知らなければいけない。
だって、その醜さがあるからこそ、エルフの美しさがあるのだ。
醜さを知る程、醜さを作り出すほど、エルフの美しさはより輝く。
そうでしょう?
「なーんかこのやり方も飽きちゃったなぁ」
次はどうしようかしら。
そう思案するエルフの少女の顔は、『醜悪に』歪んでいた。
反則技な気がしなくもない