第21話① 第二王子との会合
==杏耶莉=エルリーン城・離宮前==
「此方ですわ。 許可を得ているとはいえ非公式の会合ですので、誰かに見つかる前に入りますわよ」
チェルティーナに手を引かれて私は城の離宮へと入った。
何故私がこの場所に来ているかというと、それは数日前の事である――
「アヤリ様。 私と殿下との会合に貴方が呼ばれましたわ!」
「……へ?」
マーク宅に突然訪ねてきたと思えば、開口一番にそんな事を言い放つ。
「殿下って、あの王子様? それに会合って……」
「恐らくアヤリ様の想像している殿下とは、第一王子のディンデルギナ殿下の事ですわね? そうではなく、第二王子、ラングリッド殿下ですわ」
「……あー、チェルティーナさんが好きな――」
「それは良いのですわ! ……それと、会合についてですが、私とラング殿下は定期的に情報交換をする場を設けておりますの」
「……逢引き?」
「だから違いますわ!」
――と、そんな事経緯で彼女の会合とやらに参加することになっていた。
「アヤリ様。 これから殿下と会うのに、その変な顔はどうにかなりませんの?」
「変な顔……」
数日前の回想から頭を切り替えて、離宮に居るという第二王子へと意識を戻す。
「他の目もありませんし、作法を気にするような方ではありませんが、それでもこの国の王族。 失礼のないようにしてくださいませ」
「……わかってます」
城の敷地内でも、王宮から離れた位置に隔離されているこの建物はあまり大きくない。それでも一般的な貴族街に建てられた物よりは大きいのだが、比較対象が王宮なので相対的に小さく見える。
だからなのだろうか。気合を入れて歩き始めてそう経たずに目的の部屋の前へと到着してしまったので、拍子抜けである。
「ここですわ。 人払いも済んでいるので騎士もおりませんわね」
「それって、危ないんじゃないですか? それに、私はこれでも騎士なんですが……」
「見習いなので正確には騎士ではありませんわ。 それにいざという時はフェンも居りますので、大丈夫ですの」
「お任せください、アヤリ様」
「……そうですか」
彼女の従者、フェンが目の前の扉を開く。すると片づけられた室内に一人の男性が座っていた。
(これが、引き籠りの王子……。 にしては健康的な印象かな?)
イメージとしてはもっと太かったり細かったりと、兎に角不健康そうな印象を抱いていたのだが、至って健康そのものな体形だった。
顔立ちはあまり第一王子の方に似ていないが、唯一瞳の色だけは同じ色だった。
「やぁ、チェチェ。 それと、君が噂に聞くアヤリさんだね。 どうぞ入ってくれ」
「失礼致しますわ」
「し、失礼します……」
部屋に入るが、物が圧倒的に少ない。これは片づけられているというよりは生活感を感じない程だった。
「フェン、お嬢さん方を持て成す準備を頼めるかな?」
「承知しました」
あからさまに今回の会合用に準備されたであろう茶器を王子は指してフェンに頼む。
手早く優雅に紅茶が準備されたのを見て、王子が口を開いた。
「では、自己紹介かな。 ……既に聞いてはいるだろうけど、ワタシはラングリッド・エルリーン。 この国の第二王子で王位継承権二位の男だね。 君にも気安くラングと呼んでもらって構わないよ」
「は、はい、ラング様。 私は春宮 杏耶莉です。 アヤって愛称で呼ばれることがありますが、好きに呼んでください」
「そうか。 ではアヤと呼ばせてもらうよ」
そう言うと、準備された紅茶を一口飲む。私達もそれを見届けてから同じく喉を潤した。
「……まず初めに、ワタシは君の特殊な素性について知っている。 今回のこの場では気にせずに発言してもらって構わない」
「りょ、りょーかいです……」
「それと、君の世界の話はチェチェからも聞いている。 興味深い内容が多いから、君の口からも話を聞いてみたいぐらいだ。 けれど、今日の様にワタシと直接会うのは難しいからね。 残念だけどこれからもチェチェ経由で話を続けて欲しい」
「……? 今日みたいな会合って、定期的に開催してるんじゃないのですか?」
非公式の会合を定期的開いて、情報交換していると事前に聞かされていた。
「チェチェから聞いたんだね。 それは事実だが、君を招くのが難しいんだ。 君の立場は公にされていないから、たとえ非公式の会合でも城内に立ち入れないだろう?」
「……今日は大丈夫だったんですか?」
「おや? それについてはチェチェから聞いてないのか?」
ラングがチェルティーナを見ると、彼女は補足を入れてくれる。
「必要な情報ではないと判断したので話しておりませんわ。 アヤリ様は時折情報過多ですと、部分が抜け落ちることがありますので」
「酷い!」
私とチェルティーナのやり取りが面白かったのか、ラングは口元を隠して上品に笑う。
「そのような言い方は良くないなチェチェ。 ……一応アヤにも教えておこうか。 現在城ではある式が執り行われていてね。 それに騎士が動員されているから警備が薄くなっていたんだ。 それにワタシの権力を加えて君をこの場所まで引き入れることが出来たんだけど、普段同じ状態まで場を整えるのは難しいからね」
「……そういう事ですか」
その式とやらも気にならなくはないが、そういった場は苦手なので参加したいとは思わないし追及をしようとは思わなかった。
「それで、今回君を呼び出した最大の理由なんだけど……」
「はい」
「あるお願いをしたくてね。 出来ればこの立場で直接君に頼むのが筋だと思ったんだ」
「は、はい……」
ラングはその願いとやらを言わずに険しい表情になる。その緊張した空気が伝わり、私も生唾を「ゴクリ」と飲み込む。
「数節後に控えている送還日。 そこで君には元の世界に戻らずにこの世界に留まってほしい」
その言葉を聞いて一瞬頭が真っ白になるが、すぐに様々な感情が噴き出した。




