第20話④ 策士な第一王子
==カーティス=エルリーン城・謁見の間==
構えられた槍を前に思わず臨戦態勢になりそうだったが、それをぐっと堪える。
「まて、ギャラーノ侯爵よ。 まだこの者が危険人物だと決まった訳ではあるまい」
ギャラーノとは領地を持たない仕官の一族で、俺が知る限り平民への理解が深い人物だった。……のだが、その子孫はそうではないらしい。
「しかし殿下! 少なくとも国外の者であると自白いたしました。 であれば、神聖な城に踏み入る時点で万死に値するのではないですか」
「ギャラーノ侯爵よ。 この城にそのような法が存在するのか? それに、仮にそうであっても我が招いた客であることに変わりあるまい」
「ですが陛下――」
「諄い! 二度言わせるつもりか!」
「っ……、申し訳ございません」
殿下はギャラーノを一蹴すると同様に不満げな貴族を見渡して牽制する。その後、俺の方へと向くと、騎士に指示を出して槍を下げされる。
「我の一言で家臣が無礼を働いてしまったな。 この場の代表として謝罪すべきであろうな」
「いえ、それには及びません」
言葉の謝罪に対し、俺は謝罪するまでもなく許すと返す。公的な場で王族に頭を下げされるのは無礼極まりない行為なので、こう返答するのが作法だった。
「ふっ、礼儀は弁えているようだな」
吐き捨てるようにギャラーノが呟くが、俺も殿下もそれを聞かなかった事にした。
「して、スターター。 この家名は三年程前に滅んだニーマディア国王の家名ではなかったか?」
「!?」
(もうそこまで調べてやがるのか……)
以前はほぼ直感的に俺を勇者だと見抜いた程度だったのに、大陸外の出自まで既に知られているらしい。
実際はその土地の記録でも漁れば、幾らでも出てくる名ではあるのだが、それでも早すぎる。
「……その通りでございます。 ですが国は滅び、他国の領土となっておりますので、祖国と呼べるものは存在致しません。 故に、唯の旅人として扱って頂いて構いません」
「で、あるか。 ならば、かの襲撃にて発揮されたそれは自国で学んだ技術だろう?」
(……成程、そういう事か)
つまり、遅かれ早かれ俺の実力は隠し通せるものではない。だからこそ敢えて公的な場で、その実力の理由が出自に要因すると印象付ける算段なのだろう。
「その通りでございます」
「うむ、かの諸国は戦乱の世。 そこの出身である其方が卓越した戦闘能力を持っていてもおかしくはないな」
俺の強さの大半は勇者だからだが、俺自身が訓練をしていないわけではないし、ニーマディアで学んでいた技術も理由の一つではあるので嘘ではない。
「ではその髪色はなんだ。 其方の祖国の文化か?」
「いえ、その様な文化はございません。 恐らく俺の両親が勇者色に近い髪色だったのやも知れません。 幼少期に別れて以降会えていないので真偽は不明ですが」
「うむ、我が国では其方程の歳の者がその色に染める遊戯がある。 だが、それは染めていないのだな」
「はい、女神に誓って嘘をついておりません」
実はこれも嘘ではない。実親の顔は見たことがないのでもしかするとそうなのかもしれないからだ。
(……十中八九違う色だろうけどな)
勇者としての能力を受け継いで産まれた者は全員この髪色になる。チェチェがそうであるようにその子孫にも多少は受け継がれるのだが、大半はもう片方の親の髪色になり易い。玄孫まで髪色の痕跡が残っているチェチェはかなり稀なのだろう。
「そうか。 ならば、其方の素性は他国からの唯の旅人であり、現在はランケット所属。 決して他国からの間者等ではなく、あくまでこの国の為に貢献したに過ぎたいと判断して良いか?」
「間違い御座いません」
殿下の言葉によれば俺は怪しい人物ではなく、且つ出自が理由で実力を持った唯の少年だという事になる。
また、本物の勇者は別に存在するとこの国でも情報は広まっている。それにより、俺が勇者であるという事実を真っ向から否定せずにその可能性が潰えるよう仕向けたのだった。
(この手腕は策士と言わざるを得ないな)
俺が危険人物でないとしつつも秘密裏に勇者の力を自国の為に行使できる状況を整えてしまった。
現在ノービス教で偽の勇者を立ててしまっているからこそ、俺を政的利用してもちょっかいを掛けられることもないだろう。かの教会の上層部の悔し顔が目に浮かぶ様だった。
「其方が怪しい人物でないと証明できるのであれば、これから先もこの国の為に尽くしてくれるか?」
「……俺はしがない旅人です。 ですが、活躍に見合う報酬を得れるのであれば、尽力致しましょう」
「結構」
殿下はその意見に「反対するまいな」と、再度貴族連中を見渡して牽制する。これだけの公的な場で第一王子が約束したとあれば、横から手を出せば最悪反逆の罪に捕らわれかねないだろう。
「うむ、この様な場で私的な会話を長く続けてしまったな。 スターター以外の面々の活躍も聞き及んでおるぞ。 特にスコーリー商会は貴族からの信頼も厚い。 其方ら商会が裏に居る限りはランケットの安全性は保証されている様なものだろう」
「……滅相もございません」
流石に王族との会話は緊張するのか、スコーリーの額に大きな汗が滲む。
「また、その者の活躍も聞き及んでおる。 ルナリーズ嬢の救出に際して非常に活躍したそうだな」
「は、は、は、はい……」
ベテラン団員の片方を指して殿下が答えると、挙動不審に何とか返事をする。
「エカルゴッスが先程申した通り、ルナリーズから其方に届け物がある。 この式が終わった後に受け取るがよい」
「あ、あ、あ、あ、ありが、、、ざいま、す……」
(慌てすぎだろ……)
「……だが、今回の式にランケットのリーダーが姿を現さないのは残念だな。 出来ればリーダーをやっている姿を見たかったのだが、事情は聞き及んでおる」
「で、殿下! やはり主が殿下の御前に現れないのは怪しいのではありませんか!? どの様な犯罪者が――」
「ギャラーノ侯爵よ、その話は聞き飽いた。 我をこれ以上煩わせるつもりか!?」
「っ……!」
再度殿下に睨まれたギャラーノは委縮する。
「……興がそがれた。 我の言葉はこれで終える。 最後に其方ら代表の言葉だろう? 申してみよ」
「は、はい……」
スコーリーが一歩踏み出て謝辞の言葉を連ねる。この空気で話さなければならない彼に同情するが、一応の体裁を保って準備通り伝えられ、無事に式が終えられた。




