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第2話③ チェルティーナの親切


==杏耶莉(あやり)=レスタリーチェ家エルリーン別荘==


(馬車って意外と揺れるんだ)


 そんなことを考えていると、チェルティーナの屋敷へと到着していた。

 馬車から降りると、待機していたフェンではない別の男性が馬車と馬を庭奥へと連れて行く。彼はチェルティーナから離れない専属の側仕えらしい。


「ではアヤリ様、参りましょう」


 馬車の中では座りっぱなしだったので気が付かなかったが、歩き方にすごい気品を感じる。無駄な動きをせず、不安定な靴を履いているのに体がほとんどブレないのだ。


(こういうのも憧れるけど、努力したんだろうなー)


 そう年の変わらない女の子に、ただ歩くという動作に住む世界の違いを見せつけられた気がした。

 唯一ある一点が大きく揺れているので、それに視線を奪われながら、彼女に付いて行く。


 建物内に入り、彼女の部屋へと通される。椅子をすすめられて、座るのと同時にメイドから紅茶を用意される。

 向かい側に座るチェルティーナがさも当然のように紅茶を飲むので、「いただきます」と断りを入れて私も一口飲み込む。


「フェン」


 チェルティーナが一言呟くと、フェンがメイドに耳打ちをして、それを受けたメイドが退室する。


「アヤリ様、準備をしますので、少々お待ちくださいませ」

「は、はい」


 お茶請けのクッキーを齧るが、濃いぐらいの甘さで喉に刺さる。それを流す様に紅茶を飲むと、組み合わせを前提とした味付けであると気づく。


(甘いのは砂糖じゃなくて、蜂蜜? ……違う、メープルかな)


 そんなことを考えながら、舌でクッキーを転がしていると、先程のメイドが別のメイドを連れていくつもの木箱を運んできた。

 一名を残してメイドが退室するのを待ってから、チェルティーナが説明に入る。


「この中の服を好きなだけ差し上げますわ」

「どういう経緯で? ……ですか?」

「流行の服を着た女性が道を歩いていれば危険ですわ。 でも、同様の質の服でも流行りの過ぎた服であれば、市場に中古品が出回ることは珍しくありませんの。 であれば、この古着を着て頂ければ、問題ありませんわ」


 私は立ち上がり、木箱の中を確認する。彼女の発言通り中には大量の服が入っていた。

 箱の中からいくつか手に取ってみる。肌ざわりが良く、柔らかい生地が使われていた。

 ただし、全体的にふりふりというべきだろうか。中学生にもなると躊躇してしまうデザインのものが多い。色もピンク色のものが大部分を占めている。チェルティーナに合わせて用意されたものということなのだろう。


「アヤリ様、如何でしょう。 気に入るものはありまして?」


(趣味じゃないんだよね……)


 相談事を聞いてくれ、それに加えて服を提供してくれているにもかかわらず、不満など言えなかった。


「……悩むので、時間をください」

「好きなだけお持ちになって結構ですわよ」


 ピンク色のものは最小限に留め、装飾が過度ではなかったり、目立たないものを選んでいく。

 最後の箱に手を付けるが、明らかに趣の違うものが入っている。


(なにこれ、水着?)


 胸部から下半身にかけて一繋ぎになった物で、腰の部分に何本か紐が垂れている。


「あぁ、それはインナーですわ。 予備が無いと申してましたので、未使用のものを持って来させましたの」

「あ、ありがとう……」


 見慣れないデザインに度肝を抜かれるが、こっちの世界ではこれが普通なのだろう。慣れるしかなさそうだった。

 着用方法もわからないので聞くことにした。


 ……


 服を選び終えると、持ち帰る準備をするために、選ばなかった服と共に一度部屋から持ち出される。


「そういえば、流行を過ぎてるとはいえ何でこんなに服が余ってるんですか?」

(わたくし)の家であるレスタリーチェは女系ですの。 ですのでゆくゆくは当主を継ぐことになりますわ。 そうなると、婿養子を取ることになるのですけれど、女系の家はどの国でも少ないですわ。 そうなると家督を継げない次男以降の方から贈り物を頂くことが多いんですの」

「モテるってことですか?」

「あまり良いものではありませんわよ。 二回りも年上の殿方に言い寄られることもありますし」

「えぇ……」

「とはいえ扱いに困っていたものですので、遠慮なくお持ちになって下さいませ」

「はい、ありがとうございます」


 他人への贈り物の横流しを受け取るというのはどうかと思うが、あくまで善意として受け取っておこう。


「服は流行りからずらすことで格を落とせたとして、靴は流石に差し上げることはできませんわ。 (わたくし)はオーダーメイドですし、靴の店は詳しくありませんの」

「お嬢様、でしたら評判の良い靴屋を知っております」


 フェンはそう言うと、一枚のメモを私に手渡してくる。簡略化されてはいるが、その靴屋への地図らしい。


「うーん……、文字読めないんですよね」

「まぁ、識字は国民の義務ですわよ。 っと、アヤリ様はここにきて二日でしたわね。 でしたら……、フェン、アヤリ様を送る際にその店に案内して差し上げなさい」

「畏まりました」

「別に送ってもらわなくても大丈夫ですよ?」

「貴方、アレを御一人で持てますの?」


 その一言と同時に扉が開き、私が選んだ服とインナーが入った箱が現れる。


「……無理です」

「でしたら、遠慮の必要はありませんわ」

「うぅ……何から何まで助かります」

「構いませんわ。 ですがその代わり、後日でよろしいので、貴方の世界のことについてお話を聞かせて欲しいですわ」


 表情こそ変わらないが、好奇心に満ちた瞳を輝かせてチェルティーナは話す。


(なんだかんだで年相応なとこもあるんだ)


 どことなく距離を感じていたが、少し親近感を感じた。


「そんなので良ければ、是非」

「質言は取りましたわよ!」


 両手を「ぽん」と叩いて身を乗り出す。それと同時に彼女の頭上に結ばれた大きなリボンが大きく揺れた。


 ……


 服の入った箱を持ったフェンと並んで大通りを歩く。

 その箱は重たいはずだが、彼は難なくといった様子で私の隣をペースを合わせてくれている。


「フェンさんってチェルティーナさんの従者だけど、護衛でもあるんですか?」

「私に敬称は不要ですよ、アヤリ様。 確かに護衛でもありますが、何故そう思ったのですか?」

「それを腰に下げてるからです」


 私が指さす彼の腰にはドロップポーチが下げられていた。


「ドロップは何も戦うためだけのものではありませんが」

「あ、そうなんだ」


 町中でドロップを携帯している人はそれ程多くなく、今まで見てきたものはどれも戦いに使用されていたのでそう思い込んでいた。


「ドロップは誰しもが自由に使える程安価なものではありませんが、名家に仕える者であれば持たされることは珍しくありません。 例えば、水の適性があればどこでも洗浄用の水を用意できます」


 「私の場合は緊急時の戦力としてですが」と付け加える。


 フェンは、曲がり角を曲がる際に、少し私より前に出て安全を確認する仕草をする。SPみたいでかっこいい。


「……アヤリ様には感謝しています」

「何でですか?」

「お嬢様はとある理由で実家から現在エルリーンへと来ています。 当主様と離れて気落ちしていましたが、久しぶりに楽しそうにいらしておられました。 これからも仲良くして頂けると私としても嬉しく存じます」

「はい、それは勿論」


 フェンが立ち止まる。靴屋に着いたらしい。


 その後、蒸れにくそうなブーツを彼と共に選び、マーク宅まで送迎してもらった。


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