第18話① 勇者の秘密
==杏耶莉=ノークレス・七番倉庫内==
「最初に勇者とは何か、それについておさらいしておくか。 アヤリの知っている限りのことについて教えてくれ」
カティにそう言われて、私は教会で受けた講義について思い出す。
「たしか……魔王っていうすっごい悪い奴が現れて、それを倒そうとして勇者が世界樹に向かった。 そこで、女神様から力を授かって同士討ちした……だった気がする」
「魔王……当時は災厄の悪魔と呼ばれた存在を倒すために勇者の力が生まれた。 それは合ってるが、女神ってのは実は後になって出てきた創作だ。 本来は世界樹に人はおろか生き物も存在しない」
「生き物も……」
そもそもの話、世界樹とやらについても私は詳しくない。
「その世界樹って何なの?」
「……この大陸から遥か西方に存在する離島。 その面積の大半を一本の巨大な植物で埋め尽くされた、神々しくて禍々しい場所だな」
「神々しくて禍々しい」
相反する表現だが、それ程に異様な光景だということなのだろう。
「その植物はタガネって言うんだが、知ってるか?」
「うん、ドロップの材料だよね。 タガネってそこまで大きくなるんだ……」
「いや、普通のタガネならそこまでのサイズには成長しない。 理由は不明だが、そのタガネはそこまで成長したらしい」
「へー。 ……カティくんは、その世界樹を見に行ったことはあるの?」
「……俺はない。 だが知っている。 これについては後で話すよ」
「りょーかい」
カティは頬を掻くと「話を戻すぞ」と言って続ける。
「その初代勇者、アヴァリア・ブレイサードだが。 世界樹に渡るまでは勇者なんて存在じゃなかった。 何故なら世界樹で勇者というシステムが出来上がったからだ」
「勇者というシステム……」
「そうだ。 勇者ってのは魔王を倒したいという願いをドリームドロップの力で叶えることで生まれた存在なんだ。 アヴァリアの『魔王を倒す力が欲しい』という願いによってな」
「……それが何でシステムっていうのに関係するの?」
「そもそも魔王が何者だったのかがわからない。 でも、その正体不明の存在を倒すという願いに必要だったってことだと思う。 そうして、俺は……いや、俺達は勇者になったんだ」
「達……?」
この場には私とカティしか存在しないのだが、彼の言い方ではまるで複数人が存在する様な素振りである。
「……勇者ってのはさ。 歴代勇者の生まれ変わりなんだよ。 過去を生きた記憶を引き継ぎながら、今の今まで存在する。 そういう存在だ」
「記憶を引き継ぐ……」
「そうだ。 正確には六歳の誕生日と同時に全てを思い出す。 それまでは俺個人だった人格に二十を超える記憶が焼き付けられた」
「……」
「それが俺は嫌いなんだよ。 その記憶が蘇ってから自意識というものが希薄になって、俺が何者なのかわからなくなる。 人格ってのは記憶の蓄積だ。 複数人の記憶がごちゃ混ぜになればその分だけ影響が出る。 時折その記憶に引っ張られて俺が俺じゃなくなるんだ」
「……それが、さっきのカティくん?」
「あぁ、歴代勇者にも様々な奴が居てな。 他者と比べれば比類なき力を持ってるんだ。 非道なことを平気でやる輩も存在していた。 だから、俺は勇者の記憶が嫌いだ」
誰も逆らえない能力があれば、それを悪用しようとする人が居ないとはとても言えなかった。
「それと、歴代勇者ってのは国の要人になることも珍しくない……俺はなりたくないけどな。 だから、勇者の記憶が蓄積されているというのが知れ渡れば危ないんだ」
「そうなの?」
「そりゃあ、外に持ち出したくない秘密をお偉いさんが抱えてるってのは良くある話だ。 その情報一つで国が滅ぶかもしれないってものもある」
「えぇ……」
「ここでは話さないけどな」と付け加えられる。私もそんな情報は知りたくない。それで、そういった秘密を彼は知っているので、先程暗殺という物騒な単語が出てきたのだろう。
「という訳で、今この世界で勇者の記憶に関する秘密を知ってるのは精々数人だ。 危険を察知して歴代勇者でもまず口外しないからな。 俺自身も言ったのは初めてだ」
「カティくんの初めて……」
恐らく彼の頭の中にはそれだけの秘密を話せる相手と、彼ではない人物との思い出も存在するのだろう。
(何だろう、もやもやする……)
僅かに感じる小さな感覚を振り払って再度彼の言葉に耳を傾ける。
「で、何度も言うが……記憶に引っ張られて自意識が存在しない様な奴も過去には居たけど、俺はそうはなりなくない。 俺は俺だ」
「……」
「別に俺は勇者になりたくてなった訳はない。 この力を羨ましがる奴は多いけどな……」
あくまで勇者の記憶と自分自身を切り分けて考えるカティを見て、気になることが出てきた。
「カティくんは……」
「ん?」
「……カティくんはどこの生まれなの? このノーヴスト大陸出身じゃないんだよね?」
いつだか彼が外の大陸から来たと話していた事を思い出す。
「……エジリアスト大陸の南東に位置する島嶼群。 その中の一つ、ニーマディアという小国出身だ」
「どんな所なの?」
「飯が不味い」
間を開けずにそう即答されて、思わずずっこける。
「ほ、他には?」
「そうだな……緑豊かって言えば聞こえはいいが、要は未発展の土地だ。 まぁ、ノーヴストに比べれば何処も同じ様なもんだけどな」
ということはこの大陸は都会で、それ以外は――
「田舎ってこと?」
「……そうだな。 でも一応、俺は王族ではあったんだぞ? 養子だったけどな……」
「養子……」
「そうだ。 本当の親は顔も覚えてない。 生まれてすぐに勇者だと判断されて売られた」
「……」
「けど、それ自体は良かったんだよ。 しっかりとした教育は受けれるし、不味いけど食いっ逸れることはないしな」
「何で……」
何でその国から出たのか。それを聞こうとして踏みとどまる。
「ん? 何で今その国に居ないのか、か?」
「……うん」
「それはだな……、滅んだからだ」
「え?」
すんなりとそんな話をする彼に驚く。
「別に大した話じゃない。 国と言っても小国。 レスプディアなら中規模の町程度だからな。 そもそも俺を政的利用しようとして他国から襲撃されたってだけだ。 元々襲撃しようとしてたんだから自業自得だしな」
「そう、なんだ……」
「あー……そのいざこざで、現勇者の所在が掴めなくなったところにあの偽の勇者を立てたって所なのか?」
「勇者を立てた?」
「……ノービス教では勇者の管理をしてるんだよ。 元々あの団体は二代目勇者が起こしたもんだからな」
その話は講義で聞いたはずだった。
「で、所在が掴めない俺を諦めて、あの偽の勇者を代わりに用意したんだろうなって話だ。 勇者の居場所が行方不明なんてのは権威に関わるからな」
「ふーん……」
そこまで話すと、カティは座っていた木箱から立ち上がった。




