第17話⑥ 倉庫前の戦い
==カーティス=ノークレス・七番倉庫前==
「ぐっ」
不意打ちに近い形で放たれた一撃を手にしていた六尺棒で受ける。重量や力関係から受けきるのは危険なので、それをそのまま横に受け流す。
「その程度かぁ!」
ルーガスは力任せに受け流された大剣の軌道を変えると、そのまま横薙ぎに振り回す。
(これを受けるのは無理だ――)
その一撃は跳んで避けるのもしゃがんで避けるのも無理そうな絶妙な高さだったので、俺は六尺棒を支えに高跳びをする。
当然地面に突き刺さった六尺棒に大剣が直撃して体勢が崩されるのは目に見えるので、あえて瞬時にこの棒を消失させることで勢いを殺させずに跳弾した。
「身軽な猿みたいな動きだな」
「悪いな。 純粋な力比べは体格からして無理だから、これが俺の武器なんだよ」
この倉庫前まで来る時点で使用していた六尺棒のドロップは残エネルギーが心許ないので、諦めて別のドロップを取り出す。
「早く次のドロップを使え」
「……前みたいに妨害するんじゃないのか?」
以前ポーチごとドロップを狙われたことを根に持っているのでそう質問すると、ルーガスは怒りを示す様に手元の大剣を地面に叩きつける。
「うるせぇ! 早くしやがれ!!」
「言われなくてもわかってるよ」
俺は円月輪のドロップをディートするとそれを両手に生成した。
「……そんなちっさい武器で、舐めてんのか!?」
「どの道お前の攻撃は受けれないから、回避に向いてる武器を選んだだけだ」
そう挑発しつつ左手に持った円月輪を回転させる。そして遠心力で勢いの付いたそれを投擲した。
弧を描きながらルーガスに吸い込まれるように飛ぶそれを、彼は大剣で防ぐ。
「――隙だらけだぞ」
その隙に右側から距離を詰めて右手の円月輪で斬り付ける。
「ぐぉっ……」
体を捻じ曲げて直撃を防ぐものの、彼の左腕に浅くない傷を付ける。
そのまま足元に居る俺目掛けて大剣を振り下ろすが、当然その一撃を横にズレて回避する。
「――遅い」
再生成した右手の円月輪を握り直すと、連続斬りの体勢に入る。それに気が付いたルーガスは大剣の腹で簡易的な盾を作るが、片腕に傷を負った彼の動きは明らかに鈍化していた。
何度か浅い攻撃が入った時点で、ルーガスは周囲に居た彼の下っ端に怒鳴り散らす。
「おいお前ら! 手段は問わねぇからこのガキを何とかしろ!!!」
「でも、親分。 『おれ一人でやるから手は出すな』って……」
「んなもん知るか! いいからやれや!!!」
余裕のなさから形振り構わなくなったこの男はそう指示すると、背を向けて倉庫の方へと走り出した。
「なっ、待て!」
「っと……通さねぇぞぉ」
同時に十数名の男性達に囲まれる。手段を問わなければ即時突破は可能だが、殺しの罪がレスプディアより厳格なこの国で暴れるのは避けたかった。
手にした円月輪では当たり所が悪ければ殺傷沙汰になり易いので、大槌をディートして、大勢の下っ端を蹴散らした。
「このガキ、一体幾つの適性を持ってやがんだ……」
「おい、ちょっと待て。 町中で聞いた噂では、この町に勇者が来てるって……」
恐らくこの男達が話しているのはあの偽の勇者の事だろう。
「そういやぁ、このガキの髪色! 勇者色じゃねぇか!」
「ひー、マジかよ。 って事はマジモンの勇者ってことか!? バケモンじゃねぇか!」
(化け物、か……)
幾度となく呼ばれたその言葉に思わず反応してしまう。本来数個の有能な適性を持っていれば天才か秀才と呼ばれる世界で全ての適性を有する勇者という生き物を化け物とッ呼ぶことは珍しくない。寧ろ、子供がごっこ遊びをする程度に親しまれているレスプディアないしエルリーンが異常だった。
「お、おれ。 死にたくねぇよ!」
「おれだって! こんなんならルーガスになんて付くんじゃなかった!」
(……大した慕われ様だな)
俺が何か言うでもなく、勝手な憶測で広まっていく恐怖で戦意喪失したこの男共は、這う這うの体で逃げ惑う。
そうして倉庫までの道が開かれると、ルーガスを追って倉庫の中に入った。
==杏耶莉=ノークレス・七番倉庫内==
壁際まで移動させられてまぁまぁの時間が経つと、急に外が騒がしくなる。
「ガキィ! お前を……た子分はどうし……」
厚い壁を隔てているからか、途切れ途切れにしか聞き取れない。
だがその部分的な会話内容から、どうやらカティがここに到着したらしい。
(私を助けてくれるのは有難いんだけど、結局カティくんが解決するならあの戦いは何だったのか……)
無駄なことをしたと思うつもりはないが、自らの力不足で迷惑を掛けてしまったという事実が私の中で重く圧し掛かる。
「……程度かぁ!」
「うるせぇ! ……く……れ!!」
既に戦いが始められているらしく、ルーガスの掛け声らしきものが聞こえる。
「……ら! 手……ねぇか……このガキ……ろ!!!」
「……るか! ……れや!!!」
そんなやり取りののち、倉庫の扉が開かれると、そこにルーガスが現れる。
左腕がだらんと垂れて大量の出血。それ以外にも全身に幾つかの切り傷がみられる。どう考えても勝利した男の姿ではなかった。
「おい、女!」
(女って……私?)
一度後ろを振り返って誰も居ないことを確認し、自分の顔を指差すとルーガスは面倒くさそうに怒鳴る。
「お前以外に誰が居るんだ!」
外では嬢ちゃんと呼んでいたはずだが、面と向かってはそう呼ばないらしい。
「テメェを利用することにした。 殺されたくなかったら大人しくしろよ?」
彼は懐から取り出した短剣で、私を椅子に縛り付けていた縄を切断する。
「んー。 んんー」
「あ”? 喋んじゃねぇ!」
捕縛した本人とはいえ解いてくれたことにお礼を言ったのだが、猿轡をされていたので伝わらなかった。
そのままルーガスは私の首筋に短剣を突きつけて立たせると、盾に見立てて入口の方に突き出される。
「無事かアヤリ!」
「ん-んーん!」
「だから喋んじゃねぇ!」「何言ってるかわからん」
男性二人に同時にツッコミを入れられてから、私を人質に据えた戦いが始まった。




