第17話④ 偽の勇者
==カーティス=ノービス教会ノークレス支部==
「僕に関する疑問は解消できたかな?」
紅茶の香りをひとしきり楽しんだ後、この偽の勇者は話を続ける。
「……お前の言っている話が本当ならな」
「それならば、女神ノービスの名に誓って嘘をついていないと宣言しておこうか」
「……俺は宗教のトップに限って、信仰心なんてないって知ってるからな」
「酷いな。 言葉で信じてもらえないなんて……」
「……」
言葉こそ傷ついたと言わんばかりだが、声のトーンがそのままなので説得力が皆無だった。
「仕方ない。 それなら君に見せてあげるしかないか。 託宣のドロップを使うのは避けたいのに……」
その言葉には同意せざるを得ない。事実託宣のドロップは自らの生命エネルギーを消耗するので使い続けるのは寿命を縮める。
彼は懐から取り出した無色透明のドロップをディートすると、俺を呼ぶように手招きする。
「……何のつもりだ?」
「もっと近くに来てくれないかい? 直接触れないと他人には見せられないんだよ。 それに、君に危害を加えようと思えば幾らでも方法があるだろう? この行為に悪意はないさ」
「……それもそうだな」
実際問題、この部屋に二人きりになった時点で適当に襲われたとでも叫べば俺を排する事は可能だっただろう。
その言葉を信じてみることにして、俺は彼に近づいた。
「今から君に見せるのはこの先の近い未来の出来事さ。 予め言っておくけど、僕自身ではない未来の解説はできないから質問は止めてくれよ?」
「……わかった」
そう答えると、彼は俺の頭に手をかざして力を込める。それと同時に漠然とした映像と共に誰かの声が聞こえる――
『決めたんだ、私はもう迷わない! 過去を受け入れて、この先を自分の為に生きるって!』
『確かに理解できそうにないよ。 でも、それでも! たとえそれが我儘だって、止めるよ! 友達だもん!!!』
『――そうね、解かってる。 これで最後。 だから……!』
『不幸だからとか、奪われたからとか関係ない! あなたの願いと同じようにわたしの願いを叶える! そうでしょ?』
「――っ!」
直接頭に流れ込んできた映像は一瞬で、どんな人間がどこで発した言葉かも判別ができない。精々いずれも強い意志を感じたという位だろうか。
「……ふぅ。 これで僕の力は理解できたかな?」
「……少なくとも、俺の知らないドロップの適性持ちだということはわかった。 けど、これを見せられても予知かどうかのの判別はできないな」
「それはそうさ。 これから起きる出来事だよ? 当然さ」
彼は、当たり前だと面白そうに顔を歪める。
「それなら、直近の未来を教えてあげよう。 いや、時間的には既に起こっていると表現した方が正しいかな?」
「……一応聞いてみる。 教えてくれ」
「その前に一つ、僕は聞きたいことがあるんだ。 一応君の要望に応えたんだから少し良いかな?」
「……何だ?」
「勇者とはあらゆるドロップ適正を有するけど、仮にその勇者が託宣のドロップを使った場合どうなるのかな?」
「!?」
「……成程、その顔を答えとして受け取っておくとするよ。 ありがとう」
「……」
完全に相手のペースに巻き込まれていて不快だった。
「それで、直近の未来だったね。 えーと……。 君の連れ。 杏耶莉君だったかな? 彼女はとんだ舞台回しだね。 次々と騒動に巻き込まれる素質があるよ。 いや、それはカーティス君も同じだったね。 それに、今回の主な原因は君だしね」
「何の話だ」
この際アヤリの名前も知っているなどということは置いておき、自己完結で話続ける彼に痺れを切らして聞き返す。
「君達が結ばれるのが最も世界が安定するみたいだからね。 僕なりに君達を応援しているのさ。 本来なら僕が干渉しなければもう少し早く駆け付けれるけど、結果的に遅れたほうが仲良くなれるみたいだしね」
「だから、なんの話だって――」
「彼女、今捕まってるよ?」
「!?」
彼女、とは今の話しぶりからアヤリの事だろう。
「どういう事だ!」
「焦らないでよカーティス君」
「ふざけるのもいい加減にしろ!」
大きく拳を振り上げるが、この場でこいつを殴った場合どうなるかを考えて拳を降ろす。
「ごめんごめん。 ちょっと遊び過ぎたね。 一応僕が教えなくても彼の部下が君を探して、彼女の場所まで案内してくれるみたいだけど、回りくどいし教えてあげるよ」
「……」
「この町の東側に破棄された工業地帯がスラム街みたいになっているのは知っているだろう? そこの七番倉庫……裏通りに入って北側に見える建物のうち、七と記された所に彼女が捕まっている。 あとは君達だけで自己紹介すればいいさ」
「……東の工業地帯、七番倉庫だな」
「その通りさ」
その答えを聞くと、俺はこの一室から飛び出す様に走り出す。
「君のドロップは、君がすれ違う四人目の中位僧兵が持っているよ。 後で説明しておいてあげるからぶんどっても構わない」
背後からそんな言葉が返ってくる。そのままの勢いで道を進んで行くと、彼の言った通りの四人目にすれ違った中位僧兵が俺のポーチを持っていた。
「すまん、返してもらうぞ!」
「なっ! ど、泥棒!」
元々俺の持ち物なのだが、俺が連行される際に居なかった人物なのでそう感じたのだろう。
彼の言葉にわらわらと僧兵が集まってくるが、少しの時間も惜しい俺は軽化のドロップをディートして大きく跳ぶ。
「のっ」
「ぐわ」
「うぉっ」
軽くなった体で時折人を踏み台にしながら、真っ直ぐに教会の出口へと向かう。怪我をさせる危険もないし、事情はあの様子なら偽の勇者がすることだろう。
(待っててくれ、アヤリ……)
教会を出ると、軽化のドロップが尽きる前に少しでも進みたい俺は、今度は段差を利用して建物の上に跳び乗ってスラム街へと向かった。




