第17話① 大剣の男
==杏耶莉=ノークレス・大通り==
「それじゃあ、ボクはドロップの店に向かうからね」
「おっけい。 私は適当に見て回るつもりだから」
「気を付けるんだよ」
「はーい」
アドルノートの部屋を出て、マークと共に少し歩いてから別れた。
その後、町を見ながらのんびりと歩く。
(こうしてみると、やっぱり別の国なんだなーって思うよね)
まず私が覚えた違和感は女性の髪の長さだった。エルリーンでは片手で数えるしか見かけなかった短髪女性の比率を、三人に一人という頻度で見かける。
続いて特徴的なのが誰も彼もが機能性重視の服装だったことだ。貧富に関わらずエルリーンでは外見にそれなりに気を使っていたのだが、それよりも動き易さを尊重している節が見て取れる。
(……文化の違いってのを見せつけられてる感じがする)
私も現在の服装も長旅であることを考慮し、サロペットジーンズを着用しているので、寧ろ普段よりも周囲に溶け込めている自信さえあるかもしれない。
そのままふらふらと生鮮食品を扱っている市場へと向かった。
……
(どっと疲れた……)
エルリーンのノリで近づいた露店だったが、それらの品質は数段格が落ちている印象だった。元々レスプディアという国で採れるものが良い物であり、この町の位置的にそっちから流れてくる品を扱っているので当然かもしれない。一応値段は低めなので決してぼったくりではないのだが。
だがそれ以上に客の呼び込みが活発過ぎて疲れてしまった。声が大きい程度であれば良かったのだが、髪色や服装で私個人を名指しで呼び止めるわ、腕を引っ張られるわで自由に身動きが出来る状態ではなかった。今日だけで何度、可愛い美人といった単語を言われたか覚えていない。
(……少し休憩しよ……)
賑やかな喧噪から逃げるように人通りの少ない道を選んで歩いていると、気が付けば周囲に人影が存在しない裏通りまで来てしまっていた。
(あれ、どっちから来たんだろ?)
背後を振り返るが、呆然と歩いていたので全く覚えていない。道を尋ねようにも人が見当たらないのでそれも無理そうだった。
(一先ず戻らないと……)
そう思って来た道を戻ろうと歩き出す。少し歩いた時点で、後ろから付いて来ている足音がすることに気が付く。
(……)
私が立ち止まると、同じようにその足音も『ぴたり』と止まる。完全に尾行されている形だった。
その折に、この町に来る途中で会話した内容を思い出す。
『その辺の人間を勝手に奴隷落ちさせるのは当然犯罪だが、奴隷制度自体は存在するな』
そのカティの話から人攫いは違法であると言われていた。ということは、法を犯してでもその行為に走る人間の可能性も考慮すべきである。
(どうしよう……、走って逃げれば撒けるかな?)
土地勘の一切存在しない私が逃げたところで、どこまで通用するかわからない。でも黙って捕まるのも意に反する。
私は後ろを振り返って剣のドロップを持ち構える。
「出て来てください! ストーカーですか!」
大声でそう叫ぶと、意外にもすんなり五、六名の男性が物陰から現れる。その男性らは口元を布マスクで隠し、全員が凶器を持ち出した。
(お、多い……)
想像以上の人数に狙われていたことに驚くし、それだけ居れば足音に気が付くのも当たり前かもしれない。
「嬢ちゃん。 傷物にしなくないから暴れねぇでくれや……」
男性集団のうちの一人が、手にした短剣を舐めそうな雰囲気で卑下た笑い声でそう話す。
どうするべきか思案して動けずにいると、響く様な声がどこからともなく聞こえた。
「てめぇら! おれのシマでなに勝手やってんだおらぁ!!」
その声と当時に大柄な男性が大きな剣を振り回して、私を囲んでいた男性の一人を叩き伏せる。
「――今だ!」
それを好機と直感した私は、剣をディートして近くの男性に斬りかかる。
「ごわああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
武器を手にしていた腕を斬り飛ばすと、激痛から叫び声を上げて転げ回る。それを戦闘不能と判断し、次の相手を探す。私の特殊な剣を見て腰が引けた男性を見つけると、続いてそれに斬りかかろうとした時点で、乱入した男性がその男性を叩き伏せた。
既に他の男性も倒したらしく、まともに立っているのは私とその男性のみだった。
「チッ、雑魚共が……」
「ル、ルーガスさん……。 何で……」
頭から血を流しているものの、比較的軽傷な男性が大柄な男性にそう話しかける。
「おれが卑怯な手が嫌ぇなのは言ったよな! てめぇら、何人で襲ってんだ!」
「ひ、ひぃ……」
ルーガスと呼ばれた男性は会話していた男性の胸倉を掴むと、思い切り頭で頭突きを繰り出す。頭から大きく血を噴き出して、その男性は動かなくなった。
「……で、そこのガキはなん……、もしかしててめぇはあの時の……」
「え?」
しっかりと私の顔を見るや否や、強面だった表情に怒りの感情が現れる。
「忘れたとは言わねぇぞ! 闘技大会で邪魔しやがった女じゃねぇか!! おい!!!」
「闘技大会……」
この世界に来て最初の出来事を指しているのだろう。
「そうだ! エルリーンで開かれたアレで、クソガキに負けたせいでおれは……」
そう話すルーガスだが、私は一切覚えがない。そもそも闘技大会で私がしたことと言えば、カティにドロップを投げたぐらいで……。
「もしかして、決勝でカティくんに負けた人?」
そう言われて当時のことを思い出す。わざとドロップの入ったポーチを狙った卑怯な人だったはずだ。
「カティくん、だぁ? やっぱてめぇら知り合いだったか!?」
正確には当時知り合いではなかったのだが、それを訂正する間もなく、ルーガスは質問を続ける。
「もしかすると、あのガキもノークレスに来てんのか!?」
「え、はい。 カティくんも来てますが……」
そう答えると、ルーガスはわかりやすく嫌な笑顔を作る。
「あのガキを今すぐ呼べ! 今度こそおれがぶち殺してやる!」
物騒な単語が彼から飛び出す。様子から見てその一言は本気らしい。
「……それは出来ません」
「ぁんでだ!?」
「こんな危なそうな人に私の友人を巻き込むつもりはありませんので」
その一言でルーガスの顔は不機嫌そうになる。
「チッ。 ……そういやぁ今、てめぇも戦えてたよなぁ! なら、てめぇを餌に呼び出すことにするわ」
そう答えると、合図もなしに大きな剣を構えて私に接近してきた。




