第16話③ 芸術家の生態
==カーティス=ノークレス・アドルノートの部屋==
アド。正式名称アドルノートがアヤリに語った話は、俺が聞いたことのない内容だった。
元々異世界の人間であるとは知っていたので驚きこそないが、興味深い内容ではあった。
「アド、するとお前がそこまで芸術分野に執着しているのはそれが理由なのか?」
彼女はアヤリの描いた謎の生き物から目を離すと、大きく頷く。
「その通り。 抑圧されたわたしの才能がこの地で爆発しているのだよ。 わかるかね?」
「……爆発?」
彼女の描く絵はどれも抽象画で、写実的な物は金銭的魅力のある依頼でも頑なに引き受けなかったことを思い出す。同じく彫刻品もモチーフは存在しない物だった。
「作品って置いてないんですか?」
「ないね。 一切存在しない。 手を加え切った作品なんて邪魔だろう?」
「えぇ……」
アヤリがアドに質問すると、両手を水平に広げて肩をすくめる。あくまで作品を作ることに価値を見出して、その後に関しては興味ないと言っていたはずだった。
「それじゃあ今作っているものは……」
「それならあるね。 見たいのかい?」
「……お願いします」
アドが部屋の隅に置かれたキャンパスのうちの一つから布を取り払う。そうして現れた絵には、真っ青な建物が並ぶ風景に、赤色の炎が書き足されていた。
「……どういう意味を表現しているんですか?」
「なんとなく青色の町を描きたかったんだけど、不気味で気持ち悪いから燃やしている途中かな?」
「???」
絵の解説を頼んだアヤリは質問した後困惑した表情をする。彼女の作品に大それた意味を見出しても仕方ないのだろう。
「タイトルとかって……」
「わたしはそういうのは決めない主義でね。 見て、感じた人間が勝手に名付ければいいと思わないかな?」
「そ、そうですか……」
それ以上の質問は無意味だと悟ったアヤリはその絵の前から離れる。
「そういえばアドルノートさん、ドロップって使います?」
「ドロップ? 便利に利用させてもらってるけど?」
「いや、少しに気なっていることがあって――」
アヤリは自らのドロップで剣のみ特殊な能力が現れる事を話す。
「――といった具合に私だけ明らかに普通じゃないので、もしかしたらアドルノートさんもそうなんじゃないかと……」
「つまりアヤリ後輩は、裂け目で異世界から来たわたしにも同じ作用が見られる可能性があるんじゃないかと考えている?」
「そうです。 別に剣じゃなくても、何か普通じゃないことがあったら教えて欲しいです」
アドは目を閉じて、じっと動かくなる。数秒経過して目を開くと同時に回答する。
「まず、普通の定義からしてみないと基準がはっきりしない。 でも、多分そういう症状は見られないと思うかな?」
「そう、ですか……」
気落ちするアヤリを尻目に、今度は俺が疑問に思ったことを彼女に質問する。
「以前は、ドロップは使いたくない。 みたいなこと言ってなかったか?」
「……確かに、カーくんが滞在していた時期は忌避していた。 けど、人は変わるものじゃないかな?」
「……それなら、何に使ってるんだ?」
「それは当然芸術だよ。 効力が切れたら消失するという特性は想像以上に応用が可能だった。 消える塗料は、上から塗られたという結果だけを質感として残せるし、球を利用して彫刻品に完全な空洞を表現できる。 単純に紙を濡らしたい時も、乾かす手間がないから非常に楽だ」
「……相変わらずって感じで、安心したよ……」
一も二にもそっち方面のことだけ考える姿勢を貫く彼女は、以前から何も変わっていないらしい。
俺もそれで一旦話題が尽きたので、話を打ち切る。すると今度は、アドからマクリルロに疑問をぶつける。
「それで、マクリルロ・ベレサーキス。 お前は何故来たんだ?」
「ボクかい? 今はドロップの研究をしていてね。 その為のドロップを求めて来たんだ」
「ドロップの研究なぞしてどうする?」
「……それをキミに答える理由は? もしかして手伝ってくれるのかい?」
「ない。 手伝う必要性を感じない。 たいして気になるわけではないからもう構わない」
「そうかい」
先程も感じたが、やけにアドはマクリルロに対して攻撃的な態度を取っている。対するマクリルロはその態度を気にする様子はないが、アドに対する関心はあるらしい。
「それじゃあ、ボクは御暇しようかな。 一応キミの様子は見れたし、明後日には出発したいからね」
「あれ、明後日には出ちゃうの?」
マクリルロの言葉にアヤリは質問する。一度彼女の居る場所で話していたはずだが、聞き漏らしていたらしい。偶にアヤリはこういった人の話を聞いていない事がある。
「そうだね。 だからドロップ店には早めに向かっておきたいんだ」
「そっか……。 私もこの町の事、見て回りたいから出ようかな」
「ん……、わかった。 先輩として何かあれば相談に乗るから話してくれていいからな?」
「は、はい。 ありがとうございます」
アヤリとマクリルロがアドルノートの部屋から出るのを見送る。
「あれ、カーくんはまだ居るのか?」
「折角寄ったのに、殆どアヤリと話してるのも聞いてただけだからな。 もう少し話して行きたい。 積もる話もあるだろ?」
「……まだカーくんが出て、四節ぐらいしか経ってないぞ?」
「もう、四節も経ったって言ってくれ。 唯でさえドレンディアは流行の移り変わりが激しいんだ」
「そういった情報は聞かれても知ないぞ?」
「……やっぱりそうだよな」
僅かでも、そういった期待をした俺が間違っていたのかもしれない。
「……前と違って金に困ってたりは……しなさそうだな」
「お陰様でね。 今では二等級は上の賃貸にも住めるぐらいかな?」
「それなら、何故ここに残っているんだ?」
お世辞にも恵まれた環境とは言えないこの建物に住み続けている理由がわからない。
「それは、引っ越すのが面倒なのが半分と……。 カーくんと連絡が取れなくなるからだったりするんだが?」
一切の恋愛感情は感じられないが、なんだかんだ仲良くしていた好みらしかった。
「……俺はレスプディアに向かうとはっきり言った」
「ん……。 だが、この部屋に愛着も湧いてしまったからな。 それに……」
「それに?」
「この様な狭い場所は落ち着くからな。 カーくんはそういうことはないのか?」
「俺はわからん……」
そんな他愛もない思い出話に花を咲かせた。




