第2話② チェルティーナ・レスタリーチェ
==杏耶莉=南商業街・馬車内==
「話がしづらい」という女の子の一言で、半ば無理やり馬車に乗せられた。従者と思われる男性は制止していたが、女の子は聞く耳を持たなかった。
「まずは自己紹介を致しましょう。 レスタリーチェ家次期当主、チェルティーナ・レスタリーチェと申します。 狭い車内ですので、挨拶は省略させていただきますわ」
「えーっと……、春宮 杏耶莉です」
「あヤリ様、アやり様……。 発音が難しいですわね」
何度かチェルティーナは私の名前を繰り返すが、イントネーションが安定しない。ここの言語とは相性が悪いのだろう。
「あ、や、り、ですね。 異世界から来てるので、名前に馴染みがないですよね」
「あら、異世界と申されましたの?」
口に手を当てて上品に驚く。チェルティーナは落ち着いてこそいるが、先程よりも距離を詰めてくる。
「と申されますと、例の裂け目ですわね? 噂では、此方に取り残された方は一名でしたのに。 貴方についての情報は入って来ませんでしたわ」
(私以外にもう一人いるんだ)
彼女の話すもう一人がどこにいるのか興味はあるが、それよりも私についての話を続けよう。
「それは、こっちの世界に来たのが昨日だからですかね?」
「まぁ、そうでしたの。 それでそのような恰好をしていらっしゃるのね」
チェルティーナは私のことを上から下へとまじまじと見る。
「服は、こっちで買ったんですが、可笑しいですか?」
そう質問すると、彼女の表情が『ぴしり』と固まる。軽く息を吐くと私の恰好について指摘し始める。
「まず、アヤリ様が着用している服ですが、最新の流行を取り入れ、高級な素材のものですわ」
ワンピースの端に施された刺繍を指さしながらそう答える。
「にも関わらず、髪が短いですわよね。 特殊な職につかない限り、女性は髪を短くしませんわ」
たしかに、私の髪はボブぐらいの長さだ。昔から髪を伸ばしたことはない。
馬車のカーテンの隙間から外を覗くと、邪魔にならないように髪を結っている女性はいても、短い女性はいなかった。
目の前のチェルティーナも薔薇色の腰に届くぐらい長い髪を見せつけるようにしてかきあげる。
「この二つが重なる女性はそれだけで奇異ですのに、貴方の髪色も普通じゃないですわ」
私の髪色は暗めの茶色である。日本人なら珍しくないが、言われてみると黒や茶色の人は見かけていない。
「極めつけはその靴ですわ。 見たことのない意匠ですけれど、もしかして貴方の世界のものですの?」
靴を『びしっ』と指さす。気にしていなかったが、履いてきたローファーをそのまま使っていた。
「そういえばそうですね。 気が回りませんでした」
「……気にしてくださいませ。 とはいえこれに関しては私のように、日々の生活でもヒールの高いものを着用すべきとは言いませんわ。 ただし、その服の格に合わせるならそれ相応のものを用意しなければなりませんわね」
極端な例だが、ドレスコードにサンダルみたいな組み合わせになってしまう、ということなのだろう。
「そういえばこの服って、流行りで高級なんですよね。 そういうのは避けたほうが良いんですかね?」
「まぁ、明らかに高価な服を身に着けていると面倒ごとに巻き込まれる可能性は高まりますわね。 まさか、そういった服しか持っておりませんの?」
素直に頷くとチェルティーナは眉を顰める。
「貴方が来てからのことについて教えてませんこと?」
……
昨日からチェルティーナに合うまでの経緯について簡潔に話した。最初は何度か目を瞑る程度だったが、インナーについての話をする頃には手で目を覆っていた。
御者台からこっちの様子を見ていた従者の男性の方を向くと目を逸らされてしまう。
「ベレサーキス様と直接会った経験はございませんが、変わり者という噂は聞いていましたわ。 でも、これ程に非常識な方だったとは……」
(マークってやっぱり有名人なんだ)
息を細く吐き、長く吸うと彼女は高らかに宣言した。
「レスタリーチェの教え第一条『淑女として相応しい 立ち居振る舞いを身に着けよ』、これは自身に対する教えですが、流石に見過ごせませんわ! フェン、アヤリ様を連れて屋敷に戻りますわよ!」
「畏まりました、お嬢様」
「……え?」
馬車へ乗せるときは渋っていたはずのフェンと呼ばれた従者は、二つ返事で了承すると、私の意思を聞く前に馬車を発車させた。
区切りが良かったので少し短めです。。。




