第13話③ 甘味と女性騎士の休日
==杏耶莉=エルリーン・南中央道==
(あれ、何だろう?)
特にすることもないので街を見て回っていると、ある店に長蛇の列ができていた。
その列の先を見ると、真新しいスイーツのお店があった。
(こんなところにお店あったかな?)
この街の全貌を把握しているわけではないが、少なくとも以前この道を通った時には存在しなかった記憶があった。
(新装開店……、なるほどねー)
注意して人の列を見ると、明らかに女性率の高かった。どの世界も女性は甘いものに目がないということなのだろうか。
(……かく言う私も嫌いではないのですが)
興味を惹かれてその列に並ぼうかと目で追っていると、その中に知り合いが紛れ込んでいた。
(あれは――)
「――マローザさん」
「おや、アヤリちゃんじゃないですかー」
今日は非番ということなのだろう。鎧はおろか、訓練時の動きやすい服装ではなく、普通のスカートで身を包む新鮮な姿の彼女がそこに居た。
「目敏いねー。 私も常々狙ってたこの店の開店日に来るとはー……」
「偶然だったんですが……」
目を細めて舌を出しながら私を見るマローザだが、そんなアンテナを張っていたりはしない。
「というより、戻ってたんですね」
彼女と最後に会ったのはベージルである。私は先にエルリーンへと戻されたが、彼女ら第七隊は残ってあの町で作業をしていたはずだった。
「戻ったのはつい先日だねー。 この店の開店に間に合って良かったよー」
「……お疲れ様です」
「楽しみにしてたからねー。 なんとこの店、ドレンディアで有名なあの! デュレーヌ・スミスで十五年修業した方が独立したみたいなんですよー!」
「へ、へぇ……」
当然知らないお店である。目を輝かせて店の方を見る彼女は、そういった話題に敏感らしかった。
「折角なので、アヤリちゃんも一緒にどうですかー?」
「え? ……でもこの位置からだと横入りになりませんか?」
「横入り? どうせテーブルに通されるので関係ないない。 気にしなーい」
「……なら、お願いします」
振り返ってマローザの後ろに並んでいた奥様方に一礼すると、「大丈夫だよ」と言いたげに手を振り返される。
(この世界では、横入りとか気にしないのかな?)
図らずも長い列に並ばずに、甘味に有り付けることになった。
……
並んでいる間、私がベージルから去った後の話を聞くことになった。
簡潔にまとめると、あの後重傷者こそ何名が見つかったが、大事には至らなかった。
あの町に残った大部分は復興の手伝いで、危険な事はしていなかったらしい。にもかかわらず、私が強制帰還させられた理由は彼女も知らなかった。
「――そんな訳で、強制的に休みを取らされることになった訳なのですよー」
メルヴァータ隊長と、その部下である第七隊の面々は働きすぎるきらいがあるらしい。
遠征中は作業詰めだったにも関わらず、戻って早々に通常業務に戻ろうとしたのを無理やり休み取らされたらしい。
「そんなに真面目なんですか?」
「真面目って言うより、めんどくさいって感じかなー。 私は休みが貰えるなら貰うし、休みは楽しむタイプなのでわからんですねー」
「そうですよね」
適度に休息を取らないと万全に何かをすることはできないし、いざという時に失敗してしまうかもしれないと、昔にテレビで見た気がする。
(どっちかというと私もやり過ぎちゃう方だからな……)
「で、真面目じゃない私は休みを謳歌してまーす。 多分、ラディ君もかな? 他の人っちは訓練としてるかもねー」
「……休みの日にですか?」
「休みの日に」
ということは、今第七隊の宿舎に向かえば剣の訓練を見てもらえるかもしれない。ここ半月程は自主訓練以外出来ていないので、不安だったのだ。
「……アヤリちゃん、何その目はー……」
「今から宿舎に行って訓練見てもらえないかと……」
「えー、止めてよー。 アヤリちゃんもそっち側なのー?」
「でも、暫く見て貰えてないので……」
「……そんなの、今度でいいじゃーん。 今は目の前のデザートに集中しようよー」
その声と同時に、前列の人が入店して私達の番になる。
「おー、順番だねー。 行こ行こー?」
「あっ、はい……」
彼女に引っ張られて店内へと入って行った。
……
「ん”~、美味しいー!!!」
「! そうですね……」
テーブルに案内されてタルトを注文した。ふんだんに使用された果実とクリームは丁度良い甘さと酸味で思わず頬がほころぶ。
目の前のマローザは三つも注文しているが、それを交互に止まらぬ速度で食べている。
(太りそう……)
彼女の体形はモデル体型程に整っているとは言わないが、平均並みの細さである。
だが腕や足を見ると、彼女のふんわりとした雰囲気とは裏腹に鍛えられており、それを加味すれば贅肉はほぼなしと言えるのだろう。ある一部分を除いて……。
(もしかして、全部あそこにいってる?)
彼女の控えめとは言えないサイズの胸を無意識に凝視していたらしく、彼女はそれを軽く持ち上げながら「触ってみる?」と聞いてきた。
「いいです……」
「そう?」
そう返答すると、マローザはまた甘味へと視線を戻した。
私が一つ食べ終えることに三つを平らげた彼女は、あろうことか店員を呼んで注文をし始めた。
「え、まだ食べるんですか?」
「んー? いやいや、流石に無理だよー。 ただ、持ち帰り用にねー」
その後に大量に注文する様子を見届けてから、気になったことを聞いた。
「そんなに注文して、全部食べるんですか?」
「違うよー。 私の分もあるけど、隊長に土産をって思ってねー」
そういえば、メルヴァータ隊長は甘党だと何故か知っていた……。
(あ、マローザさんから聞いたのか……)
「聞いてよ! こういう可愛らしいデザート好きなのに、こういう店に入るのは凄い恥ずかしがるんだよ? 興味ないみたいな素振りで、『私は大丈夫だ……。』 って言うんだよ? その仕草が何て言うか、可愛くって――」
(不味い……、始まった)
「――多分、この土産も最初は『要らんぞ……』とか絶対言うんだよ? でも結局受け取って、自室でじっくりと味わって食べるんだよ。 普段かっこいいのに対するギャップがまた良くって――」
「っと……マローザさん?」
「――それに、『どの店だ?』って聞かれるはずだけど、実際は店に入れなくてその前をうろうろして諦めて帰ることにな――」
(……諦めて聞こう)
普段の間延びした話し方ではなく、早口に隊長の良さを語る彼女に観念して、お土産用の注文が届くまで頷き続けた。




