第11話① 湖へと向かう
==カーティス=酒場・ウィズターニル==
「お前に頼みたいことがある」
ベージルの影霧騒ぎから少し経ったある日、グリッドはウィズターニルに入って開口一番にそんなことを俺に伝える。
「……またか?」
「まただ……」
何日か経過しているとはいえ、こうも短い期間で問題を持ち込むことに申し訳なさがあるらしい。
「……まずは、俺に頼む理由から聞こうか?」
「ベージルでの一件がまだ片付いてないからな~。 騎士を動かすわけにもいかず、ランケットに話が回ってきたってわけだ」
「その、ランケットで俺が動かないといけない理由はあるのか?」
「……最近の騒動続きで巡回の強化をしなきゃならん状態だから、そこに組み込まれてないカーティスは都合が良いんだよ」
「……俺以外にいないのか?」
「それなんだが、今回はオイラと……同じく巡回担当じゃないサフィッドも引きずっていく予定だ」
「……リーダーが抜けて平気なのか?」
「平気かどうかって聞かれたら平気じゃないな~。 だけど、事が事だからオイラも現地で見たいと考えている」
事、とは何だろうか?そういえばまだ、今回の頼みとやらを聞いていないことに気が付く。
「……そういえば具体的な話を聞いてないな」
「あ~、それなんだが……。 そこにも騎士がすぐに動けない理由があってだな~……」
頬を掻きながらグリッドは詳細について話す。
「事件と決まったわけじゃないんだが~……、どうもシュワークって町で集団失踪してるらしいんだ」
……
シュワークとはエルリーンから馬車で三日移動した位置に存在する湖畔の町だという。規模は数百人の小さな町で、漁業が細々と行われているらしい。時折エルリーンで見かけた魚も、この町で捕れたものを加工しているのだそうだ。
だが、そんな長閑な町で二十人程行方不明者が出ているらしい。若者ばかりの失踪なので、事件性はないと主張する輩もいるので騎士団を派遣するのに時間がかかっているそうだった。そこで白羽の矢が立ったのがランケットである。
その中でも暇人という不名誉な烙印が押された俺とサフィッドはグリッドに連れられて、オウストラ商会の馬車内で揺られていた。
「サフィッド、酔うぞ?」
「……平気」
いまいち舗装されていない道を進む馬車は時折激しく揺れる。そんな中でも無理を通して本を手放さないサフィッドに苦言を呈する。
「あとで酔うやつはみんなそう言うんだ。 だから、止めといた方が良いと思うぞ?」
「……大丈夫」
頑なに本を広げて持ち、振動もお構いなしにページを捲る彼の説得を早々に諦める。
「グリッド、お前はシュワークって町は行ったことがあるのか?」
「オイラか? ……あるぞ~。 綺麗な湖のいい場所だな~。 特に、少し高さのある崖になってる場所から、町と湖が一望できて眺めは凄かったな~」
「ふーん……。 そう、か」
景色にあまり興味のない俺としては、食べ物の話をしてほしい。だが、自ら話を振るのは憚れるので聞かなかった。
「…………」
「……カーティス、聞いていいか?」
「なんだよ、改まって」
普段と違う、稀に見せる真剣な表情のグリッドに気づく。
「今回の失踪について、どう思う?」
「どうって……、それは現地に着いてからじゃないとわからんが……」
「……それでも、何か頼む」
「……」
事前の話では失踪した人はどれも若い年齢だという。普通に考えるのであれば――
「憧れで故郷から主要都市に出てくるというのは珍しくないだろうな。 けど、それが短期間で一度にってのが偶然とは考えづらい。 となると……」
「そいつらで話の裏合わせをしたか、それ以外の理由か。 って所か~」
「……だと思う。 けど、その失踪者の誰とも連絡が取れないってのはおかしくないか?」
「だよな~。 だから、オイラは何らかの事件に巻き込まれた。 と踏んでる」
「そうだよな……」
二十人もの失踪。それを誰にも気が付かれずに実行するというのは並大抵の実力では難しいだろう。そういった荒事の専門家か、能力に長けたドロップが使えるか――
(まさか……、幻術のドロップ?)
エルリーンの城がこのドロップを使って襲われたことは記憶に新しい。もし、前回の襲撃のダルクノース教徒がそれを引き起こしているとしたら……。
「グリッド! その失踪が確認されたのはいつの時期からだ?」
「へ? あ~、確か一月ぐらい前だって聞いたぞ?」
時期としても、あの襲撃の後から少し経ったタイミングだった。
(だがそれが正しいとしても、あいつらが攫ったとして何をするつもりだ?)
考えてはみるものの、その理由が事件解決に繋がるわけではない事に気が付く。
(……理由はどうでも良い。 それよりも痕跡なり死体なりが見つかってないということは、まだ生存の可能性はあるのか……?)
そこまでの思考で、仮定に仮定を重ねた妄想に近い想像だったことを思い出す。事実は唯の人騒がせな若者の家でかもしれないのだ。
(何はともあれ、現地に行かないとわからんな……)
一旦頭を働かせることを止めて、揺れる馬車から外の景色を見た。
……
数日かかる旅路なので、野営地点に到着した俺たちは、早速準備に取り掛かっていた。
「火ぃ~出してくれ~」
「よっと……これでいいか?」
「助かる。 流石だぜ~」
組まれた焚火の枝にディートした火を落とす。生成した火のそれ自体は意識していないと消えてしまうが、可燃物の上昇した温度はそのままなので、自然に発火した炎は消失しない。コツは必要だが、火のドロップ一つで簡単に火起こしが出来るというわけだ。
因みに、水のドロップも消失してしまうが、空気が触れて液体になった部分は残る。この方法で時間さえかければ水の確保も可能だったりする。
「飲み水と、保存食の調理はしとくから、サフィッド呼んできてくれ」
焚火を囲んでいるのは俺とグリッド、それに御者をしていたオウストラ商会の男性のみで、サフィッドは馬車内で休んでいた。
道中気にせずに本を読み続けていた彼は、予想通りに酔いを引き起こした。
「大丈夫か?」
「……気持ち、悪い」
「明日からは、読書禁止だな……」
幸い嘔吐はしていないが、この様子では夕食は食べられないだろう。
不満そうに呻くサフィッドを放置して焚火近くへと戻ると、グリッドが干し肉を炙っていた。固まっていた油が焼けて空中に広がる匂いに食欲を刺激される。
当たり前だが、町を離れている間は保存の利く質素なものしか食べられない。旅慣れしている俺は割り切っているが、近頃は町中で食事を取っていたので侘しい気持ちなのは否定しない。
男だけのむさ苦しい旅はまだ続く。




