第1話⑤ 戦う男の子・勝利の末に
==杏耶莉=闘技大会会場・観戦席前==
大きな歓声が響き渡り、遠くからでも盛り上がっていることが分かる。
大会会場に着くと既に決勝戦が始まっており、桜色の髪の男の子がスキンヘッドの男性の剣を避けていた。
(え、あんな小さい子が戦ってる!?)
「うぉりゃああああぁぁぁ!!」
小学三、四年生ぐらいの男の子だが、倍近くある身長の男性と対峙しているのも関わらず、果敢に攻めている。
男の子が大きくハンマーを振り下ろすと、それを男性が剣でガードする。それと同時にハンマーは離散するように消滅する。
(消えちゃった……)
「甘いぞガキィ!!!」
位置的に男の子が有利そうであったが、ハンマーが消えたのと同時に男性は一転攻勢で剣を振る。
寸でのところで回避するも男の子が身に着けていたポーチが叩き落され、中身のドロップが衝撃を受けて霧散する。
「おっと、これじゃあ勝負になんねえかもな」
素手になってしまった男の子は一瞬呆然とするも、男性は気にすることはなく、再度剣を振る。
(ひっど……。 わざと狙ったんだ)
明らかに男の子が不利な状況であり、他の観戦客も男性に対して野次を飛ばしている。
(子供に大人が……)
スタジアムの入口に立っていた私は、気が付けば戦いが行われている中央へと走り出していた。
石造りの階段に転がり落ちる様な速度で下り、気が付けば戦っているすぐ傍へとたどり着いていた。
自らのポーチから剣のドロップを取り出して男の子へと思いっきり投げる。
「これ使って!!!」
男の子は驚きながらもそのドロップを受け取ると、迷わず口に放り込んで使用した。
男の子が男性から視線を外したことから、好機だと思ったのだろう、これまで以上に大振りで男性の大きな剣が振り下ろされる。
それを男の子は突如現れた細い剣で攻撃を受け流し、男性の剣は空を切って地面へと落とされる。
振り下ろされた剣と地面がぶつかって『ガーン』という大きな音が響き、気が付けば男の子は剣を男性の首筋へと突き付けていた。
男性の方は大きな剣から手を放して両手を挙げて降参の意思を示すと審判が勝者宣言をする。
「勝者! カーティス選手!!!!!」
「「「「「わあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」」」」
それと同時に会場に凄まじい大歓声が轟いた。私も拍手をするが、振動するほどの音にかき消される。
その時、肩を叩かれて振り返ると、いかにも豪華そうな鎧を着た男性二人が私を囲むようにして立っていた。
「申し訳ございませんが、ご同行願います」
大きすぎる歓声の中、耳元でそう伝えられた。
==カーティス=闘技大会会場・中央==
「勝者! カーティス選手!!!!!」
「「「「「わあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」」」」
五月蠅過ぎる歓声の中、剣を消失させながらドロップが飛んできた方角を見るが、それを投げたであろう人物は見当たらなかった。
「くそっ……。 ガキィ! 覚えてやがれ!!!」
それだけ言い放つとルーガスはそそくさと控室へと戻っていく。
「優勝したカーティス選手には賞き――」
実況の男が何か話しているのを最後に、緊張が解けたことで空腹が限界を迎えた俺はその場で気を失った。
……
「おっ、気が付いたな」
目を覚ますと糸のように細い眼をした茶髪の男性がのぞき込んでいた。
(ニヤニヤと感じが悪――肉!!!!)
思考が中断され、この男が持っていた串焼き肉が目に入る。それを引っ手繰る様にして奪うと、そのまま齧り付く。
「んぐんぐ……」
「おや~、オイラがとてもとても楽しみにしていたもんを食っちまうとは~。 ヒデェな~」
『きりきり』と鳴いていた腹の虫は新たな燃料を見つけて満足そうに仕事を始める。四本あった串は既に肉が剥がされていた。
「聞いてんのか? 肉泥棒~」
「んだよ……金なら大会の賞金で払うよ」
大会で優勝したことで、それなりの賞金を得れるだろう。
「それならこれのことか~?」
男はひらひらとこの国の札束サイズの袋を見せつけるように掲げる。
「な!?」
「優勝者が倒れちまったからな。 オイラが知人だっつって受け取っておいたぞ~」
「返せ!!」
手を伸ばして飛び掛かるも、ひらりと躱されてしまう。それがなければ一文無しなのだ。
「まずは倒れたあんたを運んだお礼と、肉を喰った謝罪だろ~」
「うっ……」
確かに男の言うとおりだった。
「ありがとう。 そしてすまんかった。 で、賞金は返してくれ」
「ほい、よくできました」
あっさりと男は賞金を渡す。それを受け取って中身を見ると、確かに正しい金額が入っていた。
「で、次は肉についてだが~」
「それなら、弁償する。 いくらだ」
俺に非があるのは間違いなかったので、そう告げる。
「ん~、金で解決すんの~?」
「は?」
「オイラが大事に大事に取っておいた肉を断りもなく喰ったのに~? オイラのココロはブレイクしてるのに~?」
明らかに気にしているそぶりはない。それに空きっ腹には最高だったが、串焼き肉自体は普通であった。
(は、嵌められた……)
気が付いた時には遅く、既にこの男の手中に収められていた。
「はぁ……。 何が目的なんだ?」
そう尋ねると、わざとらしく考える仕草をする。
「あんた、勇者だろ?」
「!!!」
「エルリーンに着いて既に五つドロップを使っている。 それにその髪色、そしてポーチに入っていた種類がバラバラのドロップ。 極めつけにその年齢。 適性の多さもそうだが、先代が亡くなった時期を考えれば現勇者は七~十歳。 ……まだ必要か?」
おちゃらけた雰囲気から突然人が変わったように淡々と俺が勇者だと思う根拠を挙げていく。
「……勇者だとしたら、どうなんだ?」
そう聞くと、再度おちゃらけた態度に戻る。
「ちょっっっと、協力して欲しいってだけだぜ~。 別にあんたが気に入らなければ、蹴ってくれて構わないしな」
そう言うと男は立ち上がり、「さっきのじゃ足んねぇだろ~?」と話しながら歩いて行く。俺はベッドから起き上がり、追いかけながら名前を尋ねる。
「お前の名前は?」
「グリッド・ハックムだ。 よろしく頼むよ、カーティス君♪」
殴りたくなる気持ちを抑えて、グリッドの後ろを付いて行った。
==杏耶莉=中央第二騎士待機所==
無言の男性二人に連れられて、ある建物に入ると、そこにはマークともう一人男性が待っていた。
「まったく、無茶なことをしたみたいだね」
「す、すみません」
おそらく、ドロップを男の子に投げたことについてだろう。
「この闘技大会は国際、つまり現王族によって開催されている。 あの行動は妨害として刑罰になってもおかしくないんだよ?」
「ご、ごめんなさい……」
想像以上に問題となる行為だったらしい。
「幸いキミの特殊な立場と、主催の王子が『余興として悪くない』と言ったから今回は不問になるけど、これからは考えて行動してほしいな」
「はい。 申し訳ないです……」
叱られて『しゅん』となる。そういえば久しぶりの感覚かもしれない。
気落ちしていると私を連れてきた男性の片方がマークに話しかける。
「ベレサーキス殿、特に此方としてはもう帰って頂いても、問題ございません」
「わかったよ。 じゃあ行こうか」
椅子から立ち上がると、マークは建物の外へと歩き出す。
私は建物内の男性三人に一礼すると、それを追いかけて歩き出した。
……
無言での帰り道、私はここまで援助してくれるマークについて聞いてみることにした。
「マークさん、なんでこんなに私にしてくれるんですか?」
「ん? そうだね、理由は二つあるけど、その一つは教えておくよ」
そう前置きをしつつ話を続ける。
「実は、キミにボクの研究を手伝って欲しいんだ。 この世界の人達はあまりボクの研究に協力的じゃない部分があってね、そのための助手を探しているからかな?」
「助手ですか?」
「そう。 どうしてもデータが足りないからね。 もちろんキミが良ければだよ。 これを断っても、キミへの援助は止めたりしないから、無理強いはしないんだけど……」
そうは言いつつも、私が手伝うことを期待はしているのだろう。
私自身もドロップに興味はあるので、断る理由がなかった。
「手伝いますよ? どんな研究にも、とはいかないですが」
「本当かい? それは嬉しいね。 それじゃあこれからよろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
マークの研究を手伝うことになった。
「それじゃあまずは最初のお願いをするね。 敬語は止めようか」
「何でですか?」
「翻訳機が良くないのかな? キミの敬語はむず痒いんだよね。 元の世界でも敬語が苦手だったりするかい?」
「……少し」
「それにキミを下に見るつもりもないからね。 対等に話すところから始めようか」
「分かりまし……分かった。 それなら普通に喋るようにするね」
敬語を止めると大きく頷く。そこまで変だったのだろうか……
「それじゃあ、帰ろうか」
「りょーかい」
いつまで続くかわからない異世界での生活の始まりに対し、大きく深呼吸をして気合を入れなおした。