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第10話⑥ 元凶・涙の一閃


==カーティス=ベージル・スラム街==


 第七隊の騎士達と共にスラム街の中心へと一点突破で非合法集団の根城へと向かっていた。

 道中二名だけ重症化していない感染者を見つけたが、それ以外の数十名は全員重症の状態だった。


「ここだ……。 この建物がその集団の使用していた建物、だそうだ」


 メルヴァータが指示を送ると、道中で要保護者を連れて引き返したメイリースを除いた隊の全員が立ち止まる。

 そんな俺達の目の前には、スラム街には似つかわしくない立派な建物が目の前に鎮座していた。


「……見るからにヤバいな」


 その建物は、一目で誰もが異常であると判断できる状態であった。窓やひび割れた壁の隙間から大量の影霧と思わしき黒色の霧が噴き出している。


「これは……近づけねぇな」

「ですよねー」


 影霧は感染症の類なので、この溢れ出ているものがそれなのであればあっという間に感染してしまうことになるだろう。


「隊長、どうするべきですかね……」

「うーむ……」


 流石にこの中を調査するというのが危険であると判断したメルヴァータは困った表情で立ち尽くしている。


「……代案がないなら、俺が行くぞ」

「カーティス君がか? 幾ら隊員ではないとはいえ、それは許可できな――」

「問題ない。 俺は影霧感染の経験者だ」


 影霧はごくまれに感染状態から復帰することがある。そして、その人間は以降影霧を取り込んでも発症しない。


「そう……だったのか」

「あぁ、それなら問題ないだろう?」

「それはそうだが……。 うーむ……」


 それを伝えても尚、煮え切らない態度のメルヴァータ。どうやら騎士として部外者の俺だけに頼ることに抵抗があるらしい。


「……最初の突入は俺になるが、こう霧が濃いと何も見えないだろうな。 だから適度に建物内の霧を窓から押し出す。 それを風のドロップが使える奴らで霧散させてくれ。 ある程度建物内の影霧が晴れたら詳しい調査を頼みたい。 これでどうだ?」

「…………それしかなさそうだな。 カーティス君、頼めるかな?」

「――任せてくれ」


 俺は影霧まみれの根城へと足を踏み入れた。




==杏耶莉(あやり)=ベージル・スラム街入口==


「オレが案内できるのはここまでだ」

「……ありがとうございます」


 自らの持ち場へ戻ることよりも優先して案内をしてくれた第五隊の騎士にお礼をする。

 厳密な境界線こそないが、陽の光が遮られて薄暗い路地が続いている。この向こう側はスラム街と呼ばれている地区になるらしい。


「……よし!!!」


 自分の頬を『パンッ』と叩いて気合を入れると、そのままスラム街へと入って行く。


 第七隊がスラムへと突入して少し経った後に、応援で到着した第一隊がスラム街の掃討に出ているらしい。だからなのだろうか、何処も彼処にも人の姿は見当たらなかった。時折赤黒い染みのみを残した壁や地面を見かけるが、おそらくその場で処理された重傷者の名残なのだろう。

 第一隊は感染者の見落としがないように、隙間なく塗りつぶす様にスラム街を進んでいるらしい。その陣形を崩さないために要保護者は一旦中央まで運ばれることになるので、私も中央に向かう必要があった。


(……これ以上、犠牲を増やさないためにも急がなきゃ!)


 そんなことを考えていると脇の細い道に動く人影が見えた。騎士の人かなにかかと立ち止まって目を凝らすが、明らかに背丈が低かった。年齢もカティよりも下かもしれない。


(迷子の男の子? 避難できなかったのかな……?)


 声を掛けようと近づいて気が付く。その男の子の手足は病的に細く、着ている衣類もボロボロで貧しさを感じさせるものだった。


「えっと――あっ……!」


 特に陽の光が届かない細い道の薄暗さに目が慣れてくるとその男の子は虚ろな目でフラフラと歩きながら近づいて来る。そしてその子の体には黒い霧が纏わり付いていた。


(影霧……。 それも重傷者……)


 男の子からは重症感染者特有とも言える濃い影のような霧が、新たな宿主を求める様にのた打ち回っている。

 靴を履いていない素足なのに、散乱した破片のようなものを気にも留めずにゆっくりと歩く。まるでゾンビのように両腕を私に向けるが、指が何本か欠損しているのも相俟って酷く不気味に見えた。


(こんな、小さい子が……?)


『影霧は重症化するまでは感染が他者に広がりにくい。 裏を返せば重症化した者を放置することはこの場の全員を危険に晒すことになる』


 そんな治療中に聞いた言葉が思い出される。多くの避難している人達のためにも、感染者は排除された状態にしなければ復興もできないだろう。


(他に、騎士の人は!)


 周囲を見渡すが他の気配は存在せず、この場に居るのは私とこの子だけだった。

 うつろながらも私とこの子の視線が合う。顔をよく見ると目は腫れて、薄っすらと涙跡が見える。


(私が、やるしか……)


 痛々しく足を引きずりながらも近づいて来る男の子は、風にかき消されそうな小さな声で呟いた。


「……た、……う……、……け……、て――」

「――っ!?」


 その言葉を聞くや否や全身が逆立つような感覚と共に心臓の鼓動が大きく脈打つ。

 気が付けば動いていた。ディートして生成した剣を大きく振り上げる。


(せめて、一瞬で――!)


 男の子への距離を素早く詰めると、その首を目掛けて剣を振り下ろした。

 一切の抵抗もなく斬り落とされた()()から視線を外し、強烈な吐き気に耐える。


「ごめんね。 ごめんね……」


 溢れ出る涙を拭いながら、ただただそれ以外の方法がなかったことに対して、謝罪を繰り返すしかなかった。

 私が知らないだけで、もしかしたらこの子は犯罪者だったのかもしれない。けれどそれを確かめる術もなく、私の中に大きな罪悪感が残る。


 ――その日、私は初めて()を殺した――


 その感覚が消えないまま、しばらくこの場で立ち尽くした。


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