第10話③ 影霧感染者
==杏耶莉=ベージル列車駅・ホーム==
駅へと到着すると、ぞろぞろと騎士達が荷物やらを持って列車から出てくる。その流れに沿って私も駅のホームへと出た。
「というわけで、嬢ちゃんは後方支援だ。 オレら第七隊は前線に出るから、後方担当に宛がわれている第三隊と第五隊に通達しているから、そっちに向かってくれ」
ゾロギグドに簡易的な地図を渡されて、その建物へと向かうことにした。
……
「これが、影霧の感染者……?」
感染者が集められた建物に入ると、何人もの患者と思わしき人達が横になっていた。
「こっちに人員をくれ!」「包帯ってどこにあるんだ!?」「……くっ、こいつはもうだめだ。 別室に連れて行ってくれ……」「いだい……うぅっ……」「追加で患者を連れてきたんだが、どこに運べばいい?」「ドロップが足りないぞ! 追加を頼む!」
(ひ、酷い……)
一目で悲惨な状態だと感じた。人の耳や口から黒い煙のようなものが噴き出して、それがその人間を包み込むように蠢いていた。
事前に聞いた話通り、まるで意思をもっているその動きは、病気というよりは悪霊や寄生生物の類を連想させる。
「君、応援の人!? あっちの方を見ている人が足りないから、見てくれ! 口はしっかり塞ぐように気をつけてな!」
近くに居た騎士の一人から、マスク代わりの布を渡される。それを口に当てて結ぶと、他の騎士達と同じように患者の看病を始めた。
==カーティス=ベージル・東側大通り==
先発隊によって非感染者は建物に籠るよう厳令が下されているらしい。その為、町中には騎士以外の姿が見えず、閑散としていた。
「で、この隊に加わる様に伝えられたんだが、合ってるか?」
「間違いありません。 カーティスさんですよね。 この第七隊で合ってます。 一度、隊長の所へ案内しますね」
「あぁ、頼む」
少数精鋭と呼ばれる第七隊、個としての動きに慣れている俺としてはそういった隊と行動するのは都合が良かった。
「カーティス君だね。 今回もよろしく頼むよ」
「今回も……、そうだな。 頼むぜ、メルヴァータ隊長さん」
通された隊長は以前社交界の警備が始める時に、ランケットに対して挨拶をしていたあの隊長だった。
「ラ……、グリッド様から話は聞いている。 優秀な実力でランケットを支えているとか」
「世事はいい。 それよりも、どう動けばいいか指示してくれ。 今回はそれに合わせて動く」
前回の社交界襲撃は相手が手慣れたダルクノース教だったから無駄なく動けたが、今回は対処に慣れていない影霧だ。何度も対処に回されているこの国の騎士団と一緒に動く方が良いだろう。
「頼むよ。 君は風のドロップは使えるんだよね?」
「……問題ない」
勇者であると伝えられているわけではないということだろう。
「影霧は風のドロップで霧散させることが可能だ。 既に感染してしまった人に対しては効果がないが、新たな感染を防ぐことに効果的だからそれを使用してくれ」
「承知した。 風のコントロールはそれなりにできるから任せてくれ」
「頼んだ。 一応私と隊員数名は使えるが、それ以外の隊員は使えない。 何度も対処を願うだろうね」
どうやら、隊員は彼の他に六名いるらしい。そのうちのライディンとノアック、最初に案内をしてくれたジャッベルという隊員が風のドロップを使えると聞いた。 そして、俺はそれ以外のある隊員と行動するように伝えられたので、その唯一の女性隊員の元へと向かった。
「てなわけでマローザでーす、よろしくお願いしまーす」
「頼む」
事ある毎に隊長のメルヴァータへと熱い視線を向けている彼女と共に、残った感染者の回収もしくは処理をするために町中へと向かうことにした。
……
警戒しながら建物の隙間を見ると、そこに黒い霧をまとった一人の男性が佇んでいた。あの時見た黒い霧と同じだった。
『わた、しが……わたしで、あるう、ちに……わたしを――』
思い出したくも、忘れたくもない言葉が頭をよぎる。当時は影霧という言葉さえ知らなったそれを止める術を持っていなかった。
「見つけた」
それだけをマローザに伝えると、走って近づきながら槍のドロップをディート、生成した槍でその男性の心臓を一息で貫いた。
槍を引き抜くとそのまま男性は倒れる。既に血の巡りが悪くなっていたのか、殆ど血が噴き出すこともなくゆっくりと倒れた男性の周囲に血だまりが広がる。
そして、行き場を亡くした影霧が近くにいる俺へと向かってくる。
「面倒だな……」
風のドロップをディートしてそれを吹き飛ばす。
「流石、わざわざ応援に呼ばれるぐらいの人は違いますねー」
「見てないで手伝ってくれよ……」
「そう言われましても、勝手に飛び出してしまいましたしー……」
そう言われるとそうである。客観的にみて冷静さを欠いていたことに気が付く。
「確かに、悪かった……」
「別に、対処してもらう分には構いませんよー」
「……次からは、処理が必要な感染者はマローザに頼んでいいか? 俺だけでも可能だが、武器と風のドロップで二つずつ使うのは効率が悪い」
「乙女に残酷な方を頼むんですかー? それより、貴方も実武器持ち歩けば良かったと思いますよー?」
「これでも、非力な子供なんでな。 腕力が足りないからドロップでしか戦えないんだよ」
「……一挙手一投足が大人っぽかったけど、そういえばそうですねー」
「……他人のどこを見て会話をしてるんだ、お前……」
「顔……ですかね? そういうカティさんは私のどこを見て話してるんですか? まさか胸をー?」
(子供に何の話をしているんだ……)
冗談で言っているのだろうが、鎧の上からわざとらしく恥ずかしそうに胸を抑える。そんな様子を無視して前に進む。
「つれないですねー。 これでも自信があるんですがー……」
「知らん」
(緊張感が足りない……)
大きく息を吐くと、満足そうに彼女は笑い出した。
「……少しは緊張感が抜けましたねー」
「は……?」
そう言われると、最初に比べて肩の力がかなり抜けていた。
「カティさんはなんだか強いみたいですけど、こういう時は大人を頼りましょうねー」
「……そうだな、助かった」
言動は軽いが、それでも二十に満たない年齢でレスプディアの騎士団に所属している女性というだけの能力がある、ということなのだろう。
(一人での行動に慣れ過ぎて、考え方が狭くなってたんだな……気をつけよう)
マローザと共に、ベージルの町を感染者を見つける為に歩き出した。




