第10話② 遠征準備
==カーティス=酒場・ウィズターニル==
午前中のみ巡回を代わりを任されていた俺は、酒場へと戻って昼食を取っていた。
「カーティス! ここに居たか!」
「グリッド? どうした、そこまで慌てて――」
夜以外にグリッドがこの酒場に来るのは珍しい。それに普段と比べると、かなり慌てた様子で俺の元へと駆け寄って来た。
「マズいことになった。 手伝ってもらえると助かる」
「……詳細を聞かないと答えられないな」
「頼む! 影霧が出たんだ!」
「!?」
影霧。ここ五十年程でこの世界の各地に稀に発生するようになった原因不明の病のことだった。
その名のとおり、黒い影のような霧が患者に纏わりつく様子からこの名称で呼ばれている。病気の種別は感染症の類で、その霧が意思を持っているかの如く、他者へと感染を広げていく。
発症すると、大多数の人間は病気が完治せずに死に至る。明確な治療法が確立されていないので、発生が確認された場合は発症者隔離するしか対処方が現状存在しない。
症状が末期に陥ると、本人の意思に関わらず徘徊して感染を広げようとすることもあるらしい。そうなってしまうと助からないので広げない為にも処理する以外に方法が存在しないので、感染が広がった現場は悲惨な状態に陥る。
「……どこで出たんだ?」
「ここから北西に位置する、ベージルという中規模の町だ。 元々は小さな町だったが、列車の経路に組み込まれたことで発展途上にあったところだ」
「わかった。 ランケットとして動けばいいのか?」
「いや、ランケットはあくまでこの町の自警団だ。 他の町は管轄外なので、大々的な活動ができない。 だからこそ、正式なメンバーじゃないお前に頼みに来た」
「……そういうことか。 わかった、影霧には因縁があるからその仕事は引き受ける。 その代わり、活動資金はグリッド持ちで頼めるか」
「構わない。 どうか、あの町の人達を一人でも多く助けてくれ!」
いつになく真剣な様子のグリッドを見て、その想いが冗談ではないと伝わってくる。
「前金で資金提供しておく。 足りない分は立て替えて後で請求してくれ」
平民であれば家族で数年は余裕で暮らせる金額を、袋ごと彼から渡される。
「――任せろ」
その袋を掴んで急ぎ、あのドロップ店へと向かった。
==杏耶莉=騎士団第七隊宿舎・隊長室==
要約すると、影霧という病気が別の町で発生してしまい、そのために騎士団が遠征に出ることになるだろう、という話らしい。
どこかからその話を聞きつけたライディンが急ぎ足でそれを伝えに来たということだった。
「――というわけで、アヤリ君。 君の今日の訓練は中止とさせてほしい。 それで、暫くは訓練はできないと思ってもらいたい」
「……私はその遠征に参加しなくていいんですか?」
「そうだね。 今回の遠征は危険だし、君は見習いという扱いだ。 それに、あの……特殊な事情もあるからね」
特殊な事情、というのはこの世界への客人という話のことだろう。
「でも、人手が必要ですよね」
「……それはそうだが、君の身の安全が保障できない。 無理に君を参加させることは避けたい」
「……」
(でも、私にできることがあるなら……、助けられる人がいるなら一人でも多く助けたい……)
「お願いします! 私も出来ることがあればやりたいんです!」
「…………、分かった。 だが、君の身は殿下から安全を任されている。 危険を感じたら逃げると約束してほしい」
「了解です」
「それと、前線ではなく、後方での支援としての参加とさせてもらうからね」
「はい」
一旦騎士団の面々と別れて、私としてもマークに報告しにマーク宅へと戻った。
……
「またキミは……勝手に話を進めたんだね」
「ご、ごめんなさい」
報告に戻った私だが、マークからお叱りの言葉を受ける。ため息をつきながら彼は話を続ける。
「で、その遠征とやらの参加を取りやめるつもりはないんだね」
「……はい」
少し考える仕草をした彼は、諦めたように私に告げた。
「影霧、と呼ばれている現象は風に弱い。 それと、キミの剣であれば斬り裂くことが可能だろうね」
「そう、なの?」
「……直接その影霧とやらを見たことはないけど、ボクの知るものと同じであれば間違いないだろうね」
(……何でそんなことを知ってるんだろう?)
「もしかして、その知識はマークの元の世界で知った事なの?」
「……そうだけど、詳しいことは言えないかな」
何故その理由が話せないのかはわからない。けれど、その知識はこの後の遠征に役立つだろう。
「そっか……でも、教えてくれてありがとう。 無事戻ってくるから」
「……頼むよ」
……
一通りの準備を終えた私含む騎士団の面々は、列車に乗ってベージルという町へと向かっていた。
初めての列車での移動ではあるが、楽しい旅行とかではないので気分は晴れない。
「アヤリちゃん……」
窓の外を眺めていると、不安げな表情だったからだろう。マローザが私に話しかける。
「なんてゆーか……、今回の遠征は敵対勢力みたいなのはいないと思うけど、あまり気持ちの良い光景は待ってないと思う。 今からでも遅くないからアヤリちゃんは――」
「マローザさん。 私は半端な覚悟で今ここに居るわけじゃないです。 でも、心配してくれてありがとうございます」
「……そっかー。 なら、私が言うことはないかな。 それと、手伝いを応じてくれてありがとね」
「! はい!」
空元気でも、無理に笑顔を作って返事をした。
==カーティス=外回り路線の国営列車内==
グリッドの伝手で、騎士達が乗った列車に同席する形で列車に乗っていた。
この列車は貸し切っているらしく、何処も彼処も騎士ばかりなので、それに混じる俺はかなり異質を放っていた。
(だからって迷子に間違われるのはなんだか、な……)
この列車が作られたのは五年。当時は一大事業で、様々な職人が飛び回って路線が引かれたらしい。
(エルリーンに来る際に利用したっきりだったが、この技術はどこから出てきたんだろうな……)
この列車には、明らかにこの世界のどこにもない技術が使われている。数年でレスプディアに起きたことと言えば、裂け目だろう。
(アドとアヤリ……。 そのどちらでもない別の人間がこの世界に来ていると考えるのが妥当か?)
同時期に現れたドロップ製品にも同様の違和感が存在する。この世界の文化レベルを上げるのは構わないが、それが戦争に利用されたりするのであれば勇者として止めなければならない。
(……と、今は影霧について集中しないとな)
ポーチに大量に準備しておいた風のドロップに、不備が無いか再度確認し始めた。




