第9話② 工場とマークの授業
==杏耶莉=マクリルロ宅・リビング==
「――というわけで剣の訓練を始めたよ」
「……キミの行動力に驚かされるけど、それよりも研究に協力的なのはボクとしても助かっているよ」
マローザ達との訓練を終えて帰宅すると、その一連の話をマークにしていた。今までも私の行動について聞かれたことは答えるようにしていた。
(……たぶんマークって裂け目を通ってきた異世界の人なんだよね。 何で研究とかしてるんだろう?)
以前彼とチェルティーナとの会話で、彼が私を除く唯一の異世界人であるという確証を持っていた。だがそれを、なんとなく私から隠そうとしている印象があった。その理由は私にはわからない。
幾つもの疑問が頭を過ぎる中、先日ドロップそのものがどういうものか聞いてみようと考えていたことを思い出す。
「マーク、一つ質問なんだけど、ドロップって一体何なの? パキッって口の中で割ると特別な力が使えるのはわかるけど、それが何で使えるようになるのかとか、どこでこんなものが作られている? のかとか気になるんだけど……」
「作られている、で合っているよ。 そういう疑問を持てるキミは研究者向きだね。 そういえば、研究を手伝ってもらう以上、そういう知識は知っておいてもらった方が良いかもしれないね」
そう私に告げると、珍しく出かける準備をし始める。彼が家を出るのは、私がこの世界に来た日以来かもしれない。
「……何処かに出かけるの?」
「キミも一緒に行くんだよ? 折角なら実物を見せて説明しようかと思ってね」
「わかった」
具体的な説明がなされないままではあるものの、彼と共に何処かに出かけることに相成った。
……
『ガタゴト』と揺れる馬車に揺られて、私はこの世界で初めて町の外に出ていた。大きな壁に囲まれた町が見る見るうちに小さく遠ざかっていく。
町の外は農地となっているらしく、麦みたいな植物による一面の黄金色が広がっていた。
(……けっこう……きつい……かも)
以前何度かチェルティーナに乗せてもらった馬車とは違い、かなりの揺れが発生している。町の外は町中程には道が整備されていないらしい。
「マーク……この馬車は……どれくらい……乗る……の?」
「……一刻かな?」
「……え」
乗り物酔いはしないという自負があったが、それは今日崩れてしまうらしい。
(……レスプディアが今居る国で、緑豊か。 ドノーヴィスディアが南東の国で、宗教国家。 ギルノーディアが――)
激しい揺れの中、唯ひたすらに別のことを考えながらそれに耐えた。
……
「……しんどい」
馬車の揺れに何とか耐えて、目的地へと到着した。幸いリバースするまでには至らなかったので安堵している。
とはいえ帰りも同じ道を通ると予想されるので、既に気が重くなるのだが……。
「……それで、マーク。 ここって何の場所なの?」
目の前には大きな工場らしき建物があった。周囲一帯が低い高さの植物で形成された畑となっているので、猶更異質感が増している。
「ここは、ドロップが作られる工場だね。 その周囲の植物がドロップの元となる原料になるかな」
「ここでドロップが……」
講義で聞いた内容によれば、ドロップのそれ自体は一部の人間のみが手にできる品ではだったが、何百年も前から人の生活に組み込まれてらしい。それを店売りできるようになったということは量産体制が整っているということに他ならない。
「工業化……産業革命?」
日本の授業、社会科で習った産業と社会構造の変革である。
(というより、ドロップって植物から出来てたんだね……)
加工済みのものしか見ていなかったので、植物由来の物品であるという感覚は存在しなかった。肌身離さず持ち歩いている腰のポーチに入ったドロップへの意識が、少し変わった気がした。
「それじゃあ、中を見学しようか」
「……工場見学ってこと? 勝手に入って大丈夫なの?」
「当然許可は取っているからね。 一応ここの持ち主と知り合いなんだよ」
「そうなんだ」
マークの人脈に驚かされながらも、彼に付いて工場の建物内へと入った。
工場とは言っても、ベルトコンベアで完全に機械化されているというわけではなく、大部分を人の手によって賄われている。
流れ作業で工程の一部分だけを担当することで効率化が図られている形式だった。
「最初にこれから説明しないとだね。 ドロップの根本を構成しているのは、このタガネという植物だね。 工場外に大量に植えられているのがそうだよ」
そう話すのと同時に工場内にある箱の一つを指さす。その中にはどこか神秘的な花が幾つも入っていた。
「このタガネが原料なんだ」
「そうだね。 この花の柱頭に強力なエネルギーが秘められている。 これを気化させた物質を人間が摂取すること……ディートとも呼ばれているね。 これをすると何もないところから物を生成したり、特殊な現象を発生できるようになる。 太古では気化させたものを直接吸うことで利用していたみたいだね」
(煙草みたいなものかな?)
近代な加工がなされた物が昔からあるとは思っていなかったので、昔話でもドロップが登場するという疑問の一つが取り払われる。
「現代では別の……この植物の地下茎を急速乾燥させたもので、気化させた状態のタガネを閉じ込めている。 だから、使用時にこの部分を壊すことで体内に無駄なく取り込めるんだ」
「地下茎……」
植物の地下茎と説明されたが、要は芋である。以前料理にも使用しているので厳密には私の知るものとは違うのだが、芋である。
それを乾燥させると透明で薄い硬質物質になるということらしい。
(無味無臭で瞬時に溶ける……。 オブラートみたいだね)
そう考えるが、そもそもオブラートが何から出来ているのか私は知らない。
「因みに透明なこれに入っているからこそ、気化したタガネの色でドロップの種類は判別できるというわけだね」
「私が持ってる剣のドロップも、色は人工的に着色しているわけじゃないの?」
「色は発現する能力によって自然的に色付けされる。 その法則もいつか解き明かしたいかな」
「なるほど。 ……それで、ドロップってどうやったら火とか剣とかに分けてるの?」
「発現する種類の違いについては……実はよくわかっていないんだ」
「よくわかっていない?」
「そうだね。 実際にタガネを加工するまで何のドロップになるのかはわからないんだ。 親に当たるタガネの種からは同じドロップになりやすくはあるけど、絶対ではないんだよね」
「……そうなんだ」
以前ドロップの店に行った際に、珍しいドロップには高価格が設定されていたことを思い出す。排出量のコントロールができないのであれば、そうなってしまうのだろう。
比較的頻繁に使用する火や水のドロップは安価で売られているので、特に問題はないのかもしれない。
「ついでにもう一つ。 唯一、決まった能力が設定されていないドロップがあることを覚えているかい?」
「えっと……。 あ、託宣のドロップ!」
私が初めに使用したドロップである。あれは使用者の第一適性が発現する、という性質だと説明されていたはずだった。
「その通り。 この工場では作られていないけど、託宣のドロップは何故か大地に植えないで育てたタガネから作られるんだ」
鉢植えなどで育てるとそうなるらしい。
「……それなら、もっと大々的に作って使えばいいんじゃないの?」
何故大地に植えないと託宣になるのかは知らないが、狙って作れるなら、その人の第一適性に限っては代用になるのではないだろうか。
「それは難しいね。 託宣のドロップを使い続けると、老化が早まったり病気になりやすかったりと。寿命が縮まると言われているんだ。その人の生命エネルギーを使っているとも言われているね」
「そっか……」
あくまで適性調査用ということなのだろう。
「基本はこのぐらいかな。 何か質問はあるかい?」
「うーん……。 少し外れた質問になっちゃうけど、マークってなんでこのドロップの研究をしているの?」
以前から気になっていたのだが、折角なので聞いてしまう。
「………………それは、色々理由はあるけど。 一番の理由は、あるドロップを再現したいからかな」
「あるドロップ?」
「そう、伝説のドロップ、ドリームドロップ。これを作るのが最終目標だね」
そう語るマークの表情は、どこか寂しげに見えた。




