第9話① 剣術の手解き
==杏耶莉=騎士団第七隊宿舎・訓練広場==
騎士見習いになる手続きが承認されたので、訓練を始めたいというという連絡が届いた。
予め準備していた動きやすい恰好に着替えた私は、訓練を受けるために騎士の宿舎に来ていた。
訓練自体は各々で取っているらしく、広い広場には私達とは別にゾロギグドやメイリース、ノアックが訓練していた。ライディンの姿は見えないが……。
「アヤちゃん。 改めて……騎士団第七隊にようこそ。 今日の訓練を見ることになったジャッベルと――」
「マローザでーす。 私は立候補、ジャッ君は仲が良さそうという理由で選ばれましたー」
「よろしくお願いします」
以前は敬語で嬢ちゃんと呼んでいたジャッベルは、口調が少し砕けていた。私をアヤちゃんと呼ぶようになっているのがその最たる部分だった。
「よろしくー。 実はラディ君も立候補してたけど却下されてたね」
「……アヤちゃんとの相性が悪いからかな?」
「ライディンさんは私が近づけないでとお願いしたからですね」
「……今のところ、君は特殊な理由で見習いとして採用されているからね」
「私は見てないので、見れるのワクワクですねー」
私が異世界から来ていることは伏せられているが、剣のドロップを使用する際の特異性は隊員に知らされている。
「それで、訓練と言っても何をするんですか?」
「普通なら実力を図るために模擬戦をするんだけど……。 君の場合、普通の剣は扱えないし、生成した剣は特殊過ぎるからね」
「はいはーい。 私、まずアヤリちゃんの特殊なの見たいでーす」
「確かにオレもしっかり見ていたわけじゃないから、どういうものか把握する必要はあるね」
「……わかりました。 まずは試してみますね」
マローザとジャッベルが私との距離を取ったことを確認し、持ってきていた剣のドロップをディートする。
その後は、慣れた手つきで生成した剣を構えた。
「……見た目は普通だね」
「そう報告されてましたよ? アヤリちゃん、試しにジャッ君を斬り殺してみてくださーい」
「え……」
「……マロちゃん。 冗談でもそんな事言わないでもらえるかな」
「えー。 じゃあラディ君にしときます?」
「……そういう問題じゃないよ?」
流石に私でも、犯罪者ではないライディンを殺したいほど嫌いなわけではなく、精々視界に映らずに半径三メートルに近づかなければ気にならない。
「それじゃーあー……、その辺の枝とかにしときますか」
「……最初からそうしてくれ」
マローザは広場に落ちていた枝を数本拾うとそれを私に手渡した。
「アヤリちゃん、てきとーにやっちまえー」
「は、はい!」
左手で持った枝数本をそのまま生成した剣で斜めで切り落とした。その後、手に持った剣を消失させるとマローザ達が私に近づいた。
彼女は切り落とされた枝を拾うと驚きの声を上げる。
「おー、すごい! きっれーに切れてる!」
「たしかに、断面部分が鋭いな……」
マローザと同じく枝を拾ったジャッベルもそれを見て驚愕する。
「とはいえ凄いな。 君の地元ではこれが普通なのだろう?」
「……そうですね」
正確には剣を実物で扱ったことはないし、地元という表現も異世界に当て嵌めて良いのかわからないが……、一応肯定しておく。
「こーれは、人に向けたらむっちゃくちゃ危ないねー。 ジャッ君、やっぱり試しに斬られときます?」
「流石に洒落になってない……」
「じゃーあー、アヤリちゃんお願ーい!」
「……マローザさん、頼まれてもやりませんよ?」
兎に角誰かが斬られるのが見たいらしい彼女の提案を、私は丁寧に断った。
……
「それでは君の訓練を始めようか」
「予想通りアヤリちゃんの剣で訓練はできないので、木剣を使いましょう」
「はい」
マローザは細い木製の剣を持ちだした。持ち手に滑り止めのようなものが巻き付けられている。
手渡されたそれを受け取るが、見た目に反して中々の重量感がある。
「いちおーそれ、ジャッ君が五歳の時に使ってたやつらしーよ。 ですよね?」
「そうだね。 ドロップしか使ってこなかった人は、重量のある武器を扱えないことは多いから、準備しておいた。 もっと重いやつにするかい?」
「……これで大丈夫です」
私の基準でこの木剣は重たいと感じていたが、彼女らの基準ではそうでもないらしい。
「では、君の思う様に構えてみてほしい」
「はいっ……」
持ち手の部分を握る様にして持つ。木製とはいえ十分な重さがあり、柄は結構太い。意識して力を入れなければ落としてしまいそうだった。
それを左手でも支えるようにして両手で持ち、不安定にならないように大股を開いて、それを剣先を上に向けながら構えた。
「…………」
「…………」
「…………」
「……変な型」
「マロちゃん……」
何故か哀れみの目を二人から向けられる。
「……そ、そんなにおかしいですかね?」
「……そうだね。 基本から教えていこうか」
ジャッベルは木剣を持って手本として私によく見せる様に構える。
「基本は相手から見て体の中心に剣が来るように斜め前に構える。盾を使う場合は左足、使わない場合は右足を前に出すんだけど、君の場合は盾は使わない訓練からしようか。右足を出すようにして構えてみてほしい」
「……こう、ですかね?」
「そう、そんな感じだね」
「……いっきに良くなったねー。 先程の変な構えは何だったのかっ、って感じですね」
「……そうだね」
(そこまで変じゃないと思うんだけど……)
少なくとも、騎士として活動している彼女らにとっては変だったのだろう。
「このように真っ直ぐではなく、斜めに構えることで相手に対する面を狭くすることができる。 そうすることで攻撃を避けれるし、盾で防ぎやすくできる。 これはどんな武器を使う場合でも必要なことだから覚えておいてほしいかな」
「怪我は一生ものですからねー。 敵を攻撃するよりも攻撃を受けないのが大事なんですよね」
「なるほど……」
この世界に瞬時に傷を治す魔法のようなものは存在しないと思っている。少なくとも現時点ではそういった話は聞いていないからだ。
相手を倒せたとしても、再起不能な怪我は避けなければと感じた。
「あとは……足運びかな? 先程の君のように足を大きく開くことはせず、今みたいに足幅は狭くすること。 攻撃の際に踏み込んだり、回避するときに素早く引くことができる。 細かい移動は……こんな風に小幅で歩く意識をしてみてほしい」
「だけど武器は敵に向けたままにしないと隙になるので気をつけなきゃかなー?」
「……こうですかね?」
『タタッ』とジャンプに近い挙動でステップ移動をする。短い距離を反復横跳びするイメージだろうか。
「いいね。 そのまま踏み込んで剣を振ってみて」
「はいっ!」
大きく踏み込んで剣を振り下ろす。剣先がブレてへろへろだったものの、一応の合格が貰えたらしい。
「初日にしては十分上手いんじゃないかな?」
「私の時よりも全然良さげかなー。 最初はゾロさんに無茶苦茶怒られたもん……」
「マロちゃんのアレは特に酷かったからね……。 その点、アヤちゃんは素質があるんじゃないかな?」
「……ですかね?」
「少なくともマロちゃんよりは」
「ひっどいですよー。 私だって氷のドロップならジャッ君に負けませんよ?」
「……君の得意分野じゃないか」
和気あいあいと会話をする彼女らと共に、この後も剣の訓練が続けられた。
お世辞かと思いきや、実際に私は剣術の筋が良いと賞賛される。心情としてはそこまで嬉しくはなかったが。




