第8話⑤ ソース作りの試行錯誤
==杏耶莉=マクリルロ宅・キッチン==
カティとレストランでのやり取りがあった翌日、早速とばかりにソース作成の研究を始めた。
とはいっても下ごしらえした食材を鍋に掛け、煮詰まったらろ過するだけである。
味が濃すぎたり、主張が激しかったりする材料の量を調整しつつ、作業は進められた。
「おはよ――うわっ……すごい匂いだね」
「あ、ごめん、マーク。 朝食は用意してるから」
家主であるマークには、ソースの研究をすることはあらかじめ報告済みである。そもそも食材を購入する資金は彼持ちなので報告は当然だった。
「今のところはどうだい?」
「これで三つ目だけど、味の調整が難しくて……」
十分に煮詰められたのでそれを濾して、容器に移す。
「本当はもう少し寝かせておく必要があるんだけど、味の調整だけなら……」
その出来立てのソースを一口舐める。
(……うーん、不味くはないけど、違うんだよね……)
「ボクにも味見させてもらえるかな?」
そうお願いするマークに、スプーンで掬ったそれを渡す。
「…………これと、これの量を減らして、これをもう少し多めにすればいいんじゃないかな?」
「……やってみる」
マークの指示通りに材料を調整したもので試してみると、私の想像する味にかなり近づいたものが出来上がった。
「……マーク、なんでそういう指示ができるの?」
「そうだね。 ……キミが使用したであろう材料と、ボクの好みの味付けを組み合わせただけかな」
「???」
私の理解できる回答は帰ってこなかったが、一先ず希望する者は出来上がった。
(あとはこっちの材料に合わせて、お好み焼きの試作だ!)
……
「やっと……落ち着きましたわ」
「ご苦労様です」
ソースとお好み焼きの試作を始めて数日、社交界の件が落ち着いたという連絡を受けて、レスタリーチェ家の別荘に改めて招待されていた。
本来はもっと早い段階で招待すると言われていたのだが、事後処理が落ち着くまでは保留と言い渡されていたのだ。
「とはいえ、城の方はまだ復興途中ですわ。 この件を受けて騎士の増員の動きがありましたし、ランケットでも多様な人員確保に動いているみたいですの。 のちの世で語られるであろう襲撃ですもの、当然ですわね」
「そういえば……私も騎士見習いとしてスカウトされましたしね」
「!? どういう事ですの!?」
チェルティーナに事情を説明すると、一応の納得という態度になる。
「一芸に長けた優秀な人員を欲する第七隊とは……。 盲点でしたわ」
「一芸に長けた……、優秀……」
私がその隊にスカウトされたという事実よりも、あのちゃらちゃらしていたライディンという男が優秀という扱いが気になる。他の隊員に関してはよくわからないが……。
「我が国の騎士団は元々優秀な方が多いですし、騎士団を辞した後も活躍しする方は多いですわ。 その人物に箔が付きますので、入団はとても良いことですわね」
「……そういえば、強そうなフェンさんも騎士団出身だったりしますか?」
「いえ、私は初めからお嬢様に仕えております。 以前騎士団に誘われましたが、お断りしております」
(やっぱり強いんだ……)
百面相のなんとかという主犯格を含めた大人数を彼が食い止めたことで、多くの貴族が救われたという事実は聞かされていた。
「……と、それよりもアヤリ様の世界の話を聞かせて欲しいですわ」
かねてより約束していた話をする。パソコンや携帯のような複雑なものよりも、日常的な部分について私が知ることについての説明をしていく。
「――ということは、アヤリ様のニホンでは、難しい技術がなくても料理ができるようになるということですのね」
「そうなんです。 だからその料理を再現しようと思うと、なかなか難しくて……」
「待ってくださいませ。 再現しようとしているとおっしゃいましたの?」
「はい。 カティくんをぎゃふんと言わせるために、今現在試行錯誤してますね」
「……私も興味ありますわ」
「お嬢様?」
フェンのやんわりとした静止を振り切って再度言葉を繰り返した。
「私もアヤリ様の世界の料理に興味がありますわ!」
「お嬢様!」
「……フェン、アヤリ様が毒を盛るという謀策ができると思ってますの? 出来るはずがありませんわ」
「万が一ということがあります」
(……さりげなく私ディスられなかった?)
心のなかのツッコミを置いて、チェルティーナとフェンが言い合いを続ける。
「では、貴方も共に来れば良いのですわ。 それで毒味ができれば満足なのでしょう?」
「それは……、やはり駄目です」
「…………わかりましたわ。 では、後日アヤリ様の料理が完成したら、フェン。 貴方がその集まりに向かい、そのレシピを聞けば良いのですわ。 アヤリ様、それで構いませんか?」
「えーっと……」
(料理のレシピって広めていいのかな?)
文化への侵略とかにならないだろうか?と考えていると、勘違いした彼女は条件を付け足す。
「料理のレシピに代金は払いますわ。 それに、向こう数年は広めない契約を結べばよろしいでしょうか?」
「あ、いや……。 別にレシピの所有権を主張したいわけじゃなくて……」
私個人としては、私が開発したわけではないものに金額を支払ってもらうのは心苦しい。
「別に構いませんわ。 一応普段から私と同じものを食べているフェンが美味と判断できるものなら金銭を惜しみませんもの」
「その……………………はい、じゃあそれで……」
「約束ですわ!」
とはいえ、突然集まりに参加するのは悪いとのことだったので、結局カティ達を呼んだ火とは別に、彼女の護衛であるフェンに食べてもらうこととなった。
……
チェルティーナとの約束をしてさらに数日、一応の満足ができる味に仕上がったので、カティとサフスを呼ぶことにした。
因みにこれについてもマークの許可は取っている。とはいえ、彼自身は研究室に籠ると宣言しており、顔を合わせるつもりはないらしいが。
教会での講義ののち、私の識字学習が一段落した時点て、まずはサフスを誘うことにした。
「サフスくん、以前話してた私の世界の料理、準備が出来たんだけど今日って予定あるかな?」
「……僕は大丈夫」
「カティくんはどうかな?」
「……知らない。 けど、多分あそこに居ると思う」
「あそこって?」
「……ランケットの本拠地? みたいな酒場がある」
「じゃあ、この後寄ってみようか。 場所は知ってるんだよね?」
サフスは肯定の意として頷く。彼に案内してもらい、本拠地の酒場とやらへ向かってみることにした。
……
「ぃらっしゃいま――ぁ……」
ウィズターニルという酒場に入ると、以前やり取りがあった犯罪者の少女が給仕をしていた。
「……」
「ぇっと……お姉ちゃん。 この前はごめんなさい……」
出会って突然、平謝りをされる。そんなことをしても許すつもりはないので、無駄なのだが。
「それで……今は、ここで働かせてもらってて、お姉ちゃんのお陰というのもあるので……ありがとうございます」
幾分か健康状態がマシになっているらしく、故に当日は盗みでもしなければ危険な状態だったということなのだろう。
(犯罪を犯すぐらいなら、死ねばよかったのに)
わざわざ口にはしないが、あくまで私はそう考える。
「カティく……カーティスって男の子、今居る?」
「は、はぃ……、呼んできますか?」
「お願い」
店の裏へと入っていく少女の背を、何も感じることなく見ていた。




