零ノ三十六話 雄材大略
遅くなりました。。。
生きている間はエターナる事はないと思うので気長にお待ちください。
「カーくんも考えたものだね?」
繋ぎ目のある巨大な紙に向かって絵を描きながら、アドは俺にそう呟く。
「別にそう特別な発想じゃない。 ドロップの鉄型を取って、それを元に量産したなんて出来事も過去にあるくらいだ。 あくまで消失するのはドロップで実体化したものだけだからな」
「ふむ、そうか? この世界ではこの発想は普通なのか……? では溢美は取り下げさせてもらおうか?」
(先程の一言で、そこまで褒めてたとは思えないんだが……)
アドは口こそ達者だが、それ以上に指を動かしてオブジェの鉄型を丁寧に描いていく。最初こそ渋々始めた様子だったが、筆が乗ってきた証拠だろう。
この町には使われていないシェルターが幾つか存在し、それらの一つを借りて俺とアドの二人だけで作業をしている。
なにせあのアドのアトリエで作業をするには適さない。大きな物を描くどころか足の踏み場もない状態だったので、止む無しだろう。ここの権力者が協力しているのだ、すんなりと無料での利用の許可が得られた。
同じくして大量の紙も準備させている。
仮にこの場で実体化させたところで外に持ち出せないし、それを鉄型に鉄を流し込む予定なのだから持ち運びを考えれば自ずとそうなった形だ。
尚、アドの能力が別々の紙に跨って描いたものであっても実体化させる際に繋がった状態であれば可能であるというのは、予め実証済みである。
そんなこんなで今の状態となっていた。アドの絵を実体化させる能力は彼女自身が描いた部分だけしか無理なので、手伝う人間も俺だけで十分……寧ろそれ以外は彼女の正体を鑑みれば不要だろう。
「そろそろ次の絵の具を用意してもらえるか?」
「わかった」
あくまで今作成しているのは鉄型なので、色は問われていない。アド曰く「立体的であるとわたしが認識できないものは平面的に実体化するが?」だそうなので陰影だけには気を使っているが、それ以外は意識する必要がないのでその場その場で安価な絵の具を使っていた。
種類だけなら色とりどりではあるが、安価な絵の具の色は偏っているし、黒が多いのもあって綺麗な鮮やかさとは程遠いが……。
「ほら、準備して来たぞ……」
「……」
(そろそろ食い物でも用意しとくか……)
寝食を忘れて没頭しそうな勢いのアドのために、俺は一度シェルターを出た。
……
「よし、完成だな?」
丸一日の作業を経て、オブジェの鉄型は完成した。俺の当初の想定では二、三日掛かるものだと思っていたのだが、アドの集中力と筆の速さには舌を巻くものがある。
「アドは一旦寝て、起きた後に運び出すか?」
「ん……? その理由は?」
「だって、お前寝てないだろ。 俺は途中休ませてもらったが……」
「ふむ……? そうか。 この世界の人間は一日毎に一睡眠必要なのか?」
「……そうだな」
「わたし基準で言えば、十日は寝ずとも活動可能だが?」
「……本当に、お前の世界とやらはどうなってるんだ……」
以前の回復力もそうだが、彼女の超人的な能力が当たり前の世界というのは信じ難い。尤も彼女は芸術にしか興味がないので、宝の持ち腐れではあるが……。
「まぁいい。 それじゃあ製鉄所まで持っていくぞ。 思ってたより早かったが、向こうは準備出来てるかだが……」
「行ってみればわかるだろう? ん……、繋ぎ目を剥がすのは丁寧に頼むよ?」
「わかってる」
丁寧に鉄型の絵を分解した後、それらを持って製鉄所へと向かう。
「――っと、それは着てくれ」
「覚えているが?」
ここの出入りもだが、アドにはフードをかぶって顔を隠してもらっている。
彼女の事が知られるのは避けたいのだが、あの町長ご執心具合からして部下をここや製鉄所に配置していることだろう。彼女も自由な創作の障害と成り得るというのを理解しているからか、すんなりとそれを了承していた。
「ふむ……? やはり前が見づらいな?」
「我慢しろ。 外では喋るなよ?」
「もう少し、わたしを信用してほしいのだが?」
「なら、信用してもらえる言動を普段からしてくれ……」
軽口を叩きながら絵を持ってシェルターを出た。
……
「――話は聞いてるし、前金も貰ってるが……本当にこの紙切れが鉄型になんのか?」
製鉄所の親方らしき人物は、半信半疑な様子で俺達にそう問いかける。
片方は何も喋らない背丈の低い顔を隠した人、もう一方は明らかな子供……これで信用しろという方が無理な話だ。俺も親方の立場なら同じ態度で接するだろう。
「そうなる、な。 ま、実物を見ないと信用も何もないか……。 ここで実体化させていいんだな?」
「そりゃ構わんが……」
巨大な物体を出現させるので、危険だからと製鉄所の人達を端に寄せた。安全を確認した後、俺はアドに合図を出す。
「じゃあ頼んだ」
「……」
正確に繋げられた紙に描かれているのは四角い箱のようなもの。それが半分に切断されて、中の断面に当たる精妙なオブジェの型が斜めに見える構図だった。
それを目の前に一言も発さずに手を翳したアドは、瞬きの後に巨大なそれを実体化させた。
「ほわっ!?」
「ほら、出したぞ。 後は其方の仕事だ」
「お、おう……」
「上部に流し込む穴が開いてるから、そこから大量の鉄を流し込んでくれ」
「や、野郎共! 腰抜かしてないで仕事だ! お前らは開いてる鉄型を閉じさせとけ! 終わったら足場を準備しろ! お前らは俺と一緒に鉄を溶かし始めるぞ!」
「「「へい!!!」」」
足場という言葉を聞いて、確かにと思った。鉄型の外側はつるつるとした平面なので、上から鉄を流すには上るための足場が必要だった。
「……外側に階段みたいなのも描くべきだったな」
「……」
この場では言葉を発せないアドは、無言で首を横に振った。自分の仕事はしたのにそれ以上の面倒は嫌だと言いたげな反応である。
「しっかし、見事な連携だな」
「……」
町の一大事業との事で、町中のたたら師が集まっているらしいが、親方の号令で準備が進められていく。
「実体化させたあれの維持は……出来るよな?」
「……」
自信ありげにアドは頷く。託宣のドロップは十分に準備がされているが、万が一にでも溶けた鉄が固まる前に消失でもすれば大惨事だ。
単にドロップで生成した物と違い、アドの実体化させたものは彼女の意識によって長時間の維持が可能らしい。
「俺らの仕事は終わった。 後は待つしかないな」
「……」
もう一度頷くアドの隣で、周囲への警戒を解かずに目の前で繰り広げられる作業を眺めていた。




