零ノ三十二話 得意忘形
アドと別れた俺はその後、この町を見て回った。しかし、これといった成果も得られずに翌日を迎えていた。
異世界出身であるアドに関わるのがあの天使のすべき事である可能性は高いものの、金銭的余裕もなければ絵を描く以外への興味がまったくない様子の彼女と共に居ても仕方ないだろう。
案の定というか何というか……。別行動をした結果、俺はその催しを知る事となる。
「――領主主催の展示会?」
「はい。 領主様が感銘を受けた絵を展示し、その作者を探すと共に他の描き手の刺激になればと開催なさります」
「……単にその領主が自分の手に入れた絵を自慢したいだけなんじゃないのか?」
「それは……なくはないでしょうね」
一目惚れした絵と、それ以外のコレクションも展示されるとのこと。
俺としても領主がそこまで入れ込む絵とやらに興味がなくはない。それに入場料も必要ないらしいので、その展示会へと向かってみる事にした。
……
「で、これがその絵か……」
厳重な警備が敷かれる中、多くの平民に混ざって俺はその特別な絵とやらを見てみる。
(これは……)
勝手に一つだけだと思っていたその名もなき絵描きの絵だったが、最も警備の厚い一角には四つ存在した。それら全てが基礎技術もさる事ながらどれも異なる技法で描かれている。にも関わらずその絵が同一の作者のものだとろうと判断できる要素があった。それは絵の題材である。
風景画と思われる物は、均一の取れた家々と思わしき四角い人工物は鉄製の道具が幾つも取り付けられ、色取り取りな光を放っている。
遠近法を積極的に取り入れた絵の人々は、装飾の乏しいつるつるとした服に身を纏っている。
白黒の絵には、どこの国にも当てはまらない部屋の中らしき様子が描かれている。
切った紙を貼り付けた絵で表現されているのは、何らかの四角い規則的な物体達が、同じく規則的な管のようなもので繋がっている様子だった。
(何を意味するものなのか、一切理解できないな。 だが、それらは抽象的ではなく現実味があるんだろうな。 何故かそれだけは感じ取れる……。 そう、この世のものではない……この世界のものではないみたいな……。 ――あっ!)
そこまで思考した俺はある可能性に思い当たり、展示会を飛び出してアドの元へと向かった。
……
「――おい!」
「ん……? どうしたんだ、カーくん?」
前日と変わらず、絵に向き合って動く様子のないアドにお願いをする。
「ちょっと見てもらいたいものがある。 一緒に来てくれ」
「んー……。 ちょっと今、手が離せないな。 遠慮させてもらうよ?」
「頼む」
「断るね?」
「……」
ここで無理に引っ張っては協力も何もない。連れて行くのを諦めた俺は、外に出てあるドロップを調達して戻って来る。
「……これを見てくれ――」
それディートした俺は、アドの部屋にある紙を一枚拝借すると、それに生成した絵筆で絵を描写する。
「ん……。 迷いのない筆捌きだけど?」
「いや、見てもらいたいのはそこじゃなくてだな――っと描けた」
俺がディートしたのは描画のドロップで、描いたのはあの展示会に飾られていた四つの絵だった。俺が実際に見た情景を正確に模写する形で表現したのだ。
「この絵、見覚えがあるだろ?」
「こ、これは……なんだろう?」
「……は?」
「絵の博覧会を見に来る人達を描いたのだろうけど……わたしはこの様な場所に行った記憶がないんだが? ……カーくんは何を伝えたかったのか?」
「いや、違う。 見てもらいたいのは風景じゃなくて、そこに飾られている絵だ」
首を傾げるアドに、訂正を入れる。確かに絵を眺める人達を含め、正確に描画してはいるが、このドロップが見た風景をそのままに描くしかないという部分は今は関係ない。
それよりも、でかでかと描いている絵の方に関心がないのか、先程から何かとズレているのは彼女の性質故か……。
「この絵か? ……あぁ、こんなものがどうかしたのか?」
「こんなものってな……」
仮にもここの領主が入れ込んでいる絵に対しての物言いではないだろう。
「だってそれ、わたしが絵の練習として適当に描いたものだよ? ん……。見ていると思い出して気分が悪くなる」
「やっぱりこれはアドルノートが関係しているのか……」
「……」
「……おい」
「……?」
「おい、アドルノート!」
「……ん? あ、あぁ。 わたしを呼んでいたのか? ……どうにもやはり、名前を呼ばれるのは慣れないな?」
「……自分の名前ぐらい覚えておけよ」
「んー。 やはり、あの向こうの国――名前はなんだったかな? えぇと……ここから北にある……?」
「……レスプディアか?」
彼女のペースで話をすると、逐一単語を忘れるのでなかなかに進まない。
「そう、それだ。 その国みたいに、あだ名? 愛称……? わからないけど、それで呼んでくれないか? 向こうでアドと呼ばれていたから、それの方が反応し易いな?」
「じゃあアド」
「……呼んだか?」
この場に置いてアドはお前だけだろうという言葉を飲み込んで、聞きたかった内容を質問する。
「……で、これは何の絵なんだ? やっぱりお前の元の世界の――」
「ん、察しの通りだ。 色んな技法に挑戦する際に、頭に思い浮かんだそれを適当に使っただけだが? ……今にしてみれば、もっと題材は別にすべきだったか……?」
「そうじゃなくてだな……」
「んー?」
「お前のその絵、相当に評価されてるらしいぞ――」
到着して数日の俺よりこの町の状態について詳しくない彼女に、簡潔且つ丁寧に説明をする。
「――という事らしい」
「ん……。 つまりは、わたしが元の世界の絵を描く事で簡単に稼げるかもしれないと……?」
「そうなる」
「なるほどなるほどー……? だが断る!」
「――何でだよ!」
拒否の姿勢を見せる彼女に、そうツッコんだ。




