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零ノ三十話 芸術街


 情報を得た翌日、俺は引き続き馬車に揺られていた。首都は人や仕事が多い反面、物価も宿泊費も高いのだ。

 そんなこんなで、あっさりとドレンディアを横断し、北部の町ノークレスへと向かう馬車へと乗っている。


(本音を言えば、首都で稼げる仕事を見つけたかった所だが……相応の理由があるんだろうな?)


 偶に聞く列車の運賃は速度と快適さに比例して非常に高額だった。それを使ってまで早く到着しなければならない理由はわからないが、今にして思えばレグセルとの取引も天使……ひいては女神の計算内だったのだろう。


(見えて来たな)


 馬車の窓から頭を出して前方を見る。すると、首都と比べて聊か小さいながらも、夕焼けに照らされた家々が確認できた。これがノークレスの町だ。


 ……


 毎度お馴染みの事ながら手始めに宿を取って、一晩休みを取った後、今後の方針について思案する。


(で、結局俺はどうすれば良いんだ?)


 あの天使曰く、ここで金を稼いで列車を利用する必要があるらしい。単に稼ぐだけなら首都の方が効率は良い。それにも関わらず、この町を指定したのは何が待っているのか。


(レグセルとの出会いは、今にして思えば最適な出会いだった。 そんな出会いをまたさせてくれるのか……)


 具体的な説明はされていない。もっと抽象的ではなく直接的な説明をしてもらいたいものだが、あの不可思議な様子からしてそれが無理だったのだろう。ポンコツ天使もポンコツなりに大変らしい。


(まぁ、ここで唸りながら宿で時間を過ごしても仕方ないか……。 町に出よう)


 子供一人の宿泊にも、誠実にしてくれた宿の主人に挨拶をしてから町に出た。


 ……


 ノークレスの町は昨晩の積雪によって、白く染め上げられていた。丁度今は銀天の節なので、俺も周りも厚手の服を着込んでいる。


(この節の割に活気があるな。 景気の良いレスプディアに近いのもあって、それなりに恩恵を得ているのか……)


 レスプディアで景気が良いのは、首都を中心とした交通によるもので、その整備の対象ではないこの町への影響は極僅かだ。その理由は別にあり――


「……何だ、これ?」

「おっ、坊主にゃわかるか? いやー、今回のは自信があってだな……」

「いや、わからん」


 雪かきされた天然の露店に置かれていた商品……それは絵だった。だが、お世辞にも芸術的であるとは言えず、筆遣いも色選びも稚拙である。


「いやーおれが描いたんだけど、やっぱ駄目か?」

「……因みに、これ何の絵なんだ?」

「見りゃわかんだろ。 そこの広場だ」

「……」


 何の絵かわかりさえすれば感想の一言でも発せられたが、見て判断できない絵を評価できない。


「……絵の具の質が悪い。 特に青色が濁って見えてしまってる。 それと、この辺、水か何かを垂らしたんだろ? 無理やり塗って誤魔化してる」

「……お、おぉ……。 坊主も描いてるのか?」

「いや、俺は描いてないが……。 というか、この辺の店、全部が自分で描いてるのか……?」


 周囲を見渡すと、どこもキャンパスらしきものが立て掛けられていた。


「ああ。 ここは絵画専門区域だからな」

「専門区域……」

「それがだな――」


 この下手な絵の店主の話によれば、ノークレスの町の領主が絵描きへのサポート制度を発表したらしい。何でも偶然手にした絵に一目惚れし、その名も知らぬ絵描きを探しているという。

 同時に、芸術の才がある者を発掘すべく、この広場では絵画の取引だけを限定させ、関税も掛けていないらしい。わざわざ私財を投じて安価な画材も提供していたり、参加者にはわずかではあるが報奨金を出したりと積極的なのだそうだ。


「――で、報奨金目当てで描いてみたら面白くてな。 ……が、おれに絵の才能はないんかね」

「……ま、最初から描けるやつばかりではないさ。 必要なのは継続とやる気じゃないか?」


 事情を教えてくれた店主に礼代わりとして適当に慰めてその場を後にする。


(……一目惚れしたその絵を描いた奴な何者なんだろうな。 領主のお抱えになれば安泰だろうに……)


 そう考えながら、専門区域の絵を見て回る。自信なさげに絵を飾っている者から、自己愛故に自画像らしきものを見せ付ける者と……様々な人達が絵を売っている。画材は提供されているため元手は時間を掛けた程度なのだろうが、かなり安価に売られているのもあって、絵の売買はそこそこされていた。


(ふーん。 あの絵でも売れたりしてるな――って、まさか! ま、まさかとは思うが、俺に絵を描けとか言わないよな……)


 嫌な想像を働かせ、背筋に冷たいものが伝う。

 絵の才能というのは、最低限の技術の次はセンスに寄るものが大部分を占める。技術だけなら勇者として身についているが、センスといった感覚的な部分は個々の能力に影響される。つまり、俺に絵を描く能力があるかはわからないのだった。


(いや、いやいやいや。 そんな事はさせないだろ……)


 俺の絵が認められれば、列車の運賃は稼げるかもしれない。だが、それ以上にこうした方法で目立ちたくはない。


(最悪、描画のドロップでも使うか……? 今のこの辺りならそのタガネも自生しているだろ……)


 描画のドロップは、絵を描く技術を向上させ、同時に寸分違わない目にしたものを絵とするドロップだ。反面、目の前に存在しない絵を描こうとすれば、センスが問われてしまうので意味がない。


「……」


 そうして頭を悩ませながら歩いていると、気が付けば人気のない裏路地の方まで来てしまっていた。

 雪かきもろくにされておらず、真っ白で足跡も残されていない積雪が辺りに広がっている。


「……ん? ――っておい! 大丈夫か!?」


 そんな雪に突き刺さった靴を見つけた。それが靴だけであれば構わなかったのだが、掴んだ際に中身がある感触がし、周辺の雪をかき分けると冷たい肌色の生足が現れた。


「――っ!?」


 昨晩の雪で埋まってしまったのであれば、残念ながらもう息はないだろう。だが、そのまま放置も出来なかった俺は、ドロップを取り出してディートする。そうして生成した炎で雪を溶かし、傷つけないように気を付けながら雪の中から遺体を掘り出した。


「……」


 雪の中から現れたのは、少女だった。顔は整っており、作り物じみていた。


(何かの事件に巻き込まれたのか……)


 冷たくなった少女の体に触れる。一先ずはここの自治体に報告しようと立ち上がると――


「んぅ……。 おや、スリープしていたらしいね?」

「――おふぁっ!? い、生き返った!?」


 生きているとは思えない血色だったその少女は、みるみる内にその肌色が正常に戻っていく。


「外に出ている……? はて、昨日何があったかな? そこのピンクくん、知ってるかい?」

「いや、俺が知りたいぐらいなんだが……」


 これが、明らかにおかしなこの《少女》馬鹿|との出会いだった。


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