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零ノ二十七話 放学者


 ミルフィーザの料金を先払いして貰ったことで金銭的余裕の生まれた俺は、食べ物を求めて市場に来ていた。

 ノーヴスト大陸へと向かう船も、レグセルの知り合いに乗せてもらう事となった。商船であって客船ではないので、食事は自分で用意する必要がある。その分料金は相場より安めであるし、何より船上という閉鎖空間で信頼出来る相手というのは重要だ。


(今の節なら、渡航期間は六日程か……? 結構な大荷物になりそうだ)


 出向まで日はあるが、悠長には構えていられない。早速とばかりに準備した大きな鞄を手に店を回る。

 適当な干物の露店に入ると、気の良さそうな日焼けした店主のおじさんに声を掛けられる。


「坊主! 使いかー!」

「そんな所だ。 この乾物は旨いか?」

「おう! ここで取れたばかりの魚を干してんだー! 一口食ってみるか?」

「あぁ――んぐっ……」


 正直、美味い不味いで聞かれれば、不味いと答える。魚臭さが残っており、苦みも強い。


「渋い顔すんなー!」

「……」

「坊主の舌には合わんかもしれんが、酒のつまみにはええぞー!」

「そう、か……」


 確かにエールのような癖の強い酒には主張の激しいこれは合うかもしれないが、俺の好みの味ではない。


「お前の親父にでもどうだ!」

「……一つだけくれ」

「おう! 持ってけ持ってけ!」


 一口とはいえ、味見をさせてもらって何も買わないというのは申し訳なかったのでそう告げる。安かったというのもあるが……。

 お世辞にも美味しくない干物であったのだが、「サービスだ!」と一尾だけの料金で三尾を渡されていた。断る前に押し付けられてしまったので、処遇に困ってしまう。……不味かろうと食べ物を破棄するのは主義に反するので、食べる他選択肢はなかったが……。


(次はどうするか……。 全部不味い食料は御免だぞ――痛っ!」


 後頭部に刺す様な痛みが走り、咄嗟に振り向く。すると、ぼさぼさ髪で眼鏡をした男性が何かを摘まんでブツブツと早口で呟いていた。


「(やはり近い色だ――それに透明度も高く、光の加減で異なる色にも見える――太いからか硬さは強めだが、これは個人差の範疇か――臭いは――味もみておくべきか――)」

「おい!」

「ん……? あぁ君! そう君だ!」

「はぁ?」


 人から引き抜いた髪に興奮していたこの男性だったが、その対象を俺に切り替える。この時点で只ならぬ悪寒を感じたので、逃げるべきだったが、時すでに遅かった。


「君の両親――いや、祖父母でもいい! 特別な人物だと聞いた事はないかい? 例えば勇者とかね――いや、違う。 君のお父さんお母さんは君と同じ髪色かい? それならば是非話を――いや、その前に――勇者って知ってるかい? それ以前にドロップを使った事は? やはり特別な能力があったりするのかな? ――いや、というより――君のディートを見せて貰う方が早いだろう! であれば託宣が手持ちに――いや、ちょっと待った! 仮に真に勇者であれば託宣の行使は危ういかもしれない! であれば別のドロップを――」

「五月蠅い! 一旦止まれ!!!」


 息継ぎもなしにまくし立てる様に俺に次から次へと要求や質問を叩き付けるこの男性の口を塞ぐ。周囲の人は『何事か』と此方のやり取りを見るが、この男性の姿を確認すると視線を外していた。恐らくこれが初めてではないのだろう。


「んぐぐっ……」

「……はぁ、一先ず来い」


 目立つのは本意ではないので、口を塞いだまま市場から出た。


 ……


「――で、お前は何なんだ? 人の髪を抜きやがって……」


 口を塞いで引きずる途中で多少は頭が冷えたのか、先程よりはましになった様子のこの男性は自己紹介をする。


「わたしはモーロ・ドルートクル、ノービス教ドロップ研究室所属の学者の一人だ。 現在は本国から出てフィールドワークの途中だね――それで君の――」

「ちょっと待て! 話はこっちのペースでさせてもらうぞ。 ……で、まず俺に言うべき事があるだろ……」

「その質問だけど――」

「違うだろ! 謝れ!」

「ん……? あ、あー……。 何をだい?」

「髪を抜いただろうが!」

「あぁ、そんな事か……。 ――あ、いや、そうだね、すまない」

「……」


 何とも思ってなさそうな正直な反応だったが、形としての謝罪はしたので、それは流そう。そうでもしないと話が進まない。


「で、だ。 俺に何が聞きたいんだ?」

「それはドロップの使用経験と君の両親が――」

「一つずつ、順に、頼む」


 単語を区切りながら、落ち着かせる。野生の獣でももう少し理性がありそうなものだ。

 そんなこのモーロとかいう学者だが、秘密を守れるタイプには思えない。なので、俺の素性は隠す事にする。

 一方でノービス教の関係者であれば、邪険に扱うのは後々面倒事となりかねない。なので、適当にあしらってしまうのは難しかったりもする。


「……先ずは、君はドロップを使う――ディートした事はあるかい? と、その前にドロップは分かるかな? これなんだけど――」


 モーロが取り出したのは、ノーヴスト大陸やその周辺国家で主流となっている丸いドロップだった。


「ディートというのはこれを直接口に――」

「わかる。 が、()()を使った事はないな」


 嘘は言っていない。カーティスという人間がディートした事があるのは旧式の葉巻型ドロップだけだ。


「ならちょっと試してもらえないかな? これは水のドロップなんだけど――」

「……」


 ご所望通り、口に入れて咀嚼する。思った通りにその能力が発揮できる状態となった。


「それで……何か感じないかい? 手足とは別に何かを動かせるような普通ではない感覚はないかな?」

「……何も。 ()()()()感覚はないな」


 これも嘘ではない。想像通り、意識すれば水を生成できるだろう。ただやらないだけだ。


「そうか……。 では少なくとも直系の勇者ではないと……。 では次の質問だけど、君の両親のどちらかは君と同じ髪色かい?」

「……俺は幼い頃に貰われて、実の父母の記憶はないから分からないな」

「その実の両親の居場所は……」

「知らん」


 これはストレートに真実だった。

 というより、俺が気にしないからよかったものを、繊細な話題かもしれない内容に踏み込んでくる辺り、なんて不躾な輩なのだろうか。


「……確実に近しい世代の子孫である可能性は高いのだけれど、その所在はわからないと……。 そうか、困ったな……」


 変なのに絡まれて、困っているのは此方である。


「……もういいか?」

「いや、ちょっと待ってくれ! (他に聞くべき事は――親族との繋がりはなく、素質もワイルドではない――そもそもディートの経験がないのであれば素質量の測定も無理――なら――)君、最後にこれをディートしてくれやしないかい?」


 そう言ってモーロが取り出したのは何の色にも染まっていない無色のドロップ――託宣のドロップだった。


(これは不味いな……)


 こんな所で発動させる訳にはいかない。

 俺は受け取った託宣のドロップをディートする振りをして手の中に隠した。


「何かないかい……?」

「……何も感じないな」

「そうか……。 身体強化といった概念系だろうか……」


 モーロが視線を外した隙に、俺は鞄に託宣のドロップを押し込む。


「試しにその場で飛び上がってみたり、そこの木箱を持ち上げたりしてみてくれないかい?」

「……」


 何もディートしてないのだから、跳躍も怪力も発揮する筈がなく、何らこの学者が期待する結果は返らなかった。


「この場で判断するのは難しそうだ。 それなら、もういいかな。 それじゃあ――」

「おい、ちょっと待て。 俺はタダ働きか?」

「ん……? そうか、研究の協力者には対価を払わなければか……忘れていたよ。 金銭でいいかい?」


 モーロは自らの財布を取り出す。だが――


「……金がない。 そうか、そうだ……昨日、インクを補充するのに全財産を使い切ったのだった……」

「……まったくか?」

「まったく、一切、一銭もだよ。 少々足りなかった分をまけてもらったのだから一切ないね」

「……」

「代わりに何か物で勘弁してもらえるかな?」


 彼の持ち物は、かつては上等だったがほつれの目立つくたびれた服、中身のない痩せた財布、インクとペンに紙、そしてドロップだけだった。……この男は明日からの食事はどうするのだろうか。

 そんな貧相な持ち物の一つにあるドロップに目を付けていた。


「……これをくれ」

「これは……あ――これはある競売にて出品されていた遠方でしか確認されていない特別なドロップで――」

「知らん。 これをくれ」

「だがこれは貴重な――」

「これ」

「だが――」

「こ、れ!」

「……はい」


 それは鳥翼のドロップだった。才能を持つ者こそ極稀だが、使い勝手のよいドロップである。無論、俺であれば問題なく扱える事を知っていた。

 思わぬ戦利品に内心喜ぶ俺を、最後にモーロが引き留める。


「……君! 何か君の両親についてわかったら教えてくれ! わたしはこの辺りかノーヴィスディアの研究室に居る筈だ!」

「……あぁ」


 恐らく、もう出会う事もないだろう。別れも告げずに、その場を去った。


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