零ノ二十五話 砂国王
酒場から出てきびきびと歩みを進める男性を追い掛けていく。
(……真意がわからん。 念の為に用心はしておくが……アレ、だよな?)
想像こそできるものの、確証は得られない。多少の危険は伴うが、確認すべきと判断した。
ある程度歩き、人気のない建物の裏で立ち止まったこの男性は挑戦的な表情で俺を見る。
「この辺りなら人を気にする必要はない、この時間であれば滅多な事がない限りだけど。 じゃあ気を取り直して……君、訳ありなんだろう?」
「……」
「それも相当に焦っているご様子だ。 僕は商人の端くれであると同時に、君みたいな者を保護していたりしてね……。 よければ、聞かせてもらえないかな、話をさ」
「その前に質問を一つ良いか?」
「どうぞ、よしなに」
正直言って、此奴の言動に信用する要素は一つも存在しない。世を知らない子供ならいざ知らず、俺を騙すには不十分だ。
だが、一方でこの男性が何かを企む怪しい存在であるとも思っていなかった。その代わりに、『何でこんな所に?』という疑問なら尽きないが……。
「……その前に、本当に人払いは出来てるんだな?」
「それは気にしなくていい。 そんなに人に話せない内容なのかな?」
「いや、寧ろそっちの都合を気にしてやっただけだ。 で、単刀直入に聞くが――お前、サンルスディアの王族だろ? ――っ!?」
「――止めろ、マフテス」
俺が『王族』という単語を発した瞬間、喉元に鋭利な刃物が突き立てられていた。その刃物――曲剣の持ち主は、何処からともなく現れた。フードを深々と被っているものの、隠しきれない大柄な男性だった。
「しかしです――」
「この少年が異の者であれば、確認を取ったりなどしない。 収めよ、その子は僕の客人だ」
「……はっ」
男性の淡々とした言葉に応じて、マフテスと呼ばれた大柄な男性は曲剣を降ろした。それでも俺を警戒して俺を睨み続ける。
油断していたつもりはなかったが薄暗い場所で、且つ隠密に長けた手練れなのだろう。一歩間違えれば首が飛んでいた。
「と、怖がらせたかな? このお兄ちゃんは僕の部下――友達みたいなものでね、悪い奴じゃないんだが過保護――ちょっと心配性――いや、何と言えば伝わるか……」
「いや、伝わる。 というか子供扱いしなくていい」
「そうかい。 でも確かに、君と同年代の子と比べても大人びているね」
「……」
馬鹿にしているのではなく、素の反応らしい。これは俺に限らず、子供の相手に慣れている人間とった様子だった。
「それで、何で僕が王族だと思ったのか? そんなに出てるかな、偉い人のオーラみたいなの……」
ブツブツと自らの見え方について自問自答している男性に、俺が知っている知識を伝える。
「いや、違う。 その入れ墨だ」
「入れ墨……? かっこいいだろう? 評判良いんだよ、君ぐらいの男の子にさ」
この男性の目の下には、十字に巻き付くトカゲの模様の入れ墨があった。
「そうじゃなくてだな……」
そう言いながら、俺は恐ろしい形相のマフテスの方を見る。
「なに、そのお兄さんは居ないものと扱ってくれて構わないよ」
「……じゃあ言うが……。 ――サンルスディアの王族には、内々での取り決め有り。 その者の誕生節と髪色にて、紋身をせよ――だったか?」
「んー? 何の事やら……」
「惚けるな。 お前の誕生節は何だ?」
「……雨天だよ」
「嘘を付くな。 目の下に彫るのは炎天の節だろ。 それに、その橙の髪なら四つ足の鱗を持つ生物だった筈だ」
冷静な反応に対し、部下のマフテスという男性は僅かに動揺する。
「この者の、今の話は……?」
「真だ。 僕の誕生節は炎天なのは承知だろうし、王族内の習わしも存在する」
やはり、連れ歩く程に信頼している部下でさえ知らない情報を何故知っているのか。それは勿論、過去にサンルスディアの王族に勇者が在籍していたからだ。
サンルスディアとはここから南に位置するサンルス砂漠を束ねる王国だ。過酷な土地の国だからこそ人々の協調性が高く、近年では他国との交流を積極的に行っている。
そんな国の文化の一つとして、入れ墨が古くから取り入れられていた。だから、サンルスディア王国出身であればそれ自体は珍しくないのだが、先程俺が言った通り、特定の条件を取り入れるのが王族には存在したのだ。
(別に隠す理由も、伝統として残す必要もないんだが……。 こればっかりは数少ない王族の楽しみって感じだな)
特別な事情のない、王族同士の結束を高めるためだけの秘め事という所だろう。
「マフテス、一応この話は他言で頼むぞ」
「墓場まで持って行きます」
「返事は有難いが、硬いって。 だから逃げられるんだ、子供にな」
「……」
「で、だ。 そんな秘密を知ってる君だが……。 文献にもあった通り、何でもお見通しってやつなのかね、勇者君」
「……ま、あそこの王族なら気付くか。 あぁ、そうだ」
あっさりとそれを認める。そもそも、王族の入れ墨の話をした時点で、隠すつもりはなかった。
「ぷっ――あははははは! 傑作だ! そうか、やはりそうなのか!」
ひとしきり笑った後、落ち着いた男性は手を胸に当てて綺麗に礼をする。
「それなら、幼子扱いは不躾だった。 改めて挨拶させてくれ。 僕はレグセル、今は商人という体で各地を回って身寄りのない子供の保護と賊退治をしている。 とは言っても小遣い程度は稼いでるけどな、商人としての最低限だが」
「……俺はカーティス。 ある事情でノーヴスト大陸を目指してる」
俺が自己紹介を返すと、レグセルは頭を上げて手を差し出した。対等に扱うという言葉に偽りはないという意味なのだろう。その手を俺は取った。




