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零ノ二十四話 港仕事


 ミルフィーザに乗馬しての草原の旅。それの終わりを告げる目的地へと俺は到着していた。

 道中で幾度も盗賊に襲われたり、襲われる奴を助けたりしながら……。


 遊牧の民が移動を繰り返すその草原ではあるが、広大過ぎるが故に時期によって使われなくなるエリアが存在した。

 元々国によるまともな統治の行われていないそんな場所は盗賊共の恰好の狩場と化していた。

 上等な馬に乗った子供の一人旅、そう見える俺は視界に入った全ての賊から狙われることと相成った訳だ。だが――


(路銀が心許ないな……)


 心許ないどころか、全くもって足りていない。賊行為に身をやつすようなのが金を持っている筈もなければ、貯金なんて賢い行動も出来る訳がない。酒だ女だとその場その場で消費されている事だろう。

 そして、盗賊から助けた奴等も然りだ。訓練もまともに受けていない場合の多い賊に負ける護衛……もしくはそれ以前に雇ってすらいないかもしれない商人に、十分な資産なんぞ存在しない。俗に襲われた補填に回す金を工面するので手一杯で、助けに入った子供に相場通りの金額を握らせる輩は一人も居なかった。

 その結果、最低限の食費で消費され、一文無しに等しい状態となっていた。


「はぁ……どうするか……」


 一先ず、馬は停められる中で最も安宿を選択し、一晩分の料金を支払った。最低限のサービスしかない安宿ではあるが、ミルフィーザの世話代込みとなれば全財産を費やしても三日も滞在出来ない額になってしまった。


(ゆっくりもしてられない)


 到着してから一度も腰を下ろさず、長旅で疲労した幼い体に鞭を打って宿を出る。まだ日が高い時間なのだから、今日一日でも行動しなければならない程に急かされていた。


(酒場は……まだやってないだろうな。 漁には……出てるだろうが、戻りが早い漁師は戻ってるかもしれない)


 この町、オリーシヴは港町なだけあって、盛んなのは貿易と漁業だろう。特にここエジリアスト大陸とノーヴスト大陸を結ぶ貿易で発展したと言っても過言ではない。

 だが穏やかな航路ではあるものの、距離もそれなりなので毎日貿易船が出入りしている訳ではない。大きな帆船は見えるので、貿易は行われていそうだが大概はどこぞの商会の持ち物であって外部の人間が近付ける代物ではないだろう。

 そうとなれば、比較的雇用が緩い漁業に狙い目となる。過酷な肉体労働なだけあって常に人手不足なのだ。


(まずはそっちに行ってみるか――)


 そう決め打ちし、俺は港方面へと足を向けた。


 ……


 結論から言うと、空振りに終わった。

 人手が足りていないのは事実だったが、求めているのは日雇いでも戦力になる大人の男か後継者となれる子供だった。

 俺の場合素性も知れない子供が短期で働きたいというのだから当然の反応ではある。俺が彼らの立場なら同じ様な言葉で追い返しただろう。


 ドロップを扱える事は言い伝え、表面上は信じてもらえた。だが、局所的に潜在的能力を扱えるディーターが船の上で何が出来るのかと問われれば、良い返答は思いつかなかった。

 個人で採取した葉巻ドロップはランダム性が高く、例えば船の上で火が操れる様になっても何の意味も成さない。

 教会で作成されているドロップであれば怪力といった物を駆使して戦力となり得るだろうが、高価であるためその日の漁で得られる魚を売っても採算が取れない。

 そもそもの話、この町にも布教されているノービス教では、個人によるドロップ作成は禁止されている。信徒ではない漁師であっても、町のお得意様であるノービス教に反抗する行為であると良い顔はされなかった。というより俺の扱いそのものが不審者だった。


(仕方ない、切り替えて酒場で情報を集めよう)


 それなりに賑わっている店を見つけ、そこに入店する。場違いな背丈の俺に店内の注目が集まった。


「……ご注文を」

「果実水を適当に」


 席に座って注文すると、それを聞いていた体格の良い男性数名が俺の卓を囲む。


「おい小僧、家出か? ここは子供がジュースを飲みに来る場所じゃねーぞ!」


 「ガハハ」と笑いながら顔を近付けられる。酒気を帯びた男性の息が顔にかかる。

 俺はある程度の年齢まで酒を飲まない様に決めていた。勇者の記憶として何度も人生を知っている経験上、酔いの回る速度が年が低ければ低い程早くてまともな思考が出来なくなる上に、中毒の危険も高い。それ以前に子供の舌では癖が強く旨く感じないからだ。


「……仕事を探してる」


 酔っ払いに絡まれた面倒さより、目的を達成することの重要性が上回った俺は、真面目な声色でそう男性達に伝える。


「……は? 「「ガハハハハハハハ!」」」


 だが、何が面白かったのか、一瞬の間を置いて下品に笑い出す様子からして、聞く相手を間違えたのを悟った。冷静を装っていても、自分の想像以上に焦って冷静さを欠いていたらしい。


「こりゃ傑作だ! シゴトヲサガシテル――だってよ!」

「……はぁ、忘れてくれ」


 冷静になった俺は、発言の訂正をする。が――


「ワスレテクレ――じゃねえぞ! ガキがすかしてんじゃねぇ! 帰ってママのおっぱ――」

「感心しないな、大人がそうして子供を囲んでというのは」


 その瞬間、俺達のやり取りを見ていたらしい別の男性が止めに入る。


「なんだテメェ! 優男がすっこんで――ひえっ!」


 助けに入って来た男性は、何もない所から剣を取り出すと、それを酔っ払いの喉元に突き立てた。


「頭を冷やしなよ、君。 みっともないよ、傍から見るとさ」

「なっ、なっ――」

「まったく……。 静かに飲めやしない、この町ではね。 そこの少年、付いて来なよ」

「は、はぁ……」


 手にしていた剣を鞘に収めながら、男性は俺にそう告げる。それと揉めていたからか用意したものの出すタイミングを失った果実水を持て余したウェイターが目に入る。


「あ、ちょっと待ってくれ――んぐっ……」


 そう言って、俺はウェイターから果実水を引っ手繰って胃に流し込む。こちとら、今日一日まともな食事にありつけなかったのもあって体に染み渡る。


「――支払いは僕がしよう。 此方から誘ったのだからね。 一緒の会計で頼む、これで足りるかな?」

「そこまでは……いや、助かる」


 指に挟んで硬貨を差し出すこの男性だが、その恰好は妙に様になっていた。


「行こうか、じゃあ」


 支払いを済ませ、颯爽と出て行くその男性に俺は付いて行った。


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