零ノ二十三話 盗賊祭
あの天使ご所望の通り、北西へと向かう道すがら――
「嫌ぁぁっ!!!」
そんな甲高い悲鳴を耳にする。方角は前方らしく、俺は溜息をつきながら鞄から幾つか道具を取り出す。
ちょっと速度を上げてくれとミルフィーザに足で指示を出すと、「仕方ない」とでも言いたげに鳴きながらも指示通りに走行速度が上がっていく。
「……やっぱりか」
小高い丘を越えて視界が通るのと同時に、想像通りの光景が広がっていた。
道から外れた場所に止まる行商馬車に、横たわる輓馬……そしてそれを取り囲む複数の人影に赤色の液体。そう、野盗だった。
(見える限り人数は五……。 手際からして初犯ではないが手練れでもなしってとこか?)
そんな予測をしながら、水筒の中身の飲む。その後、この辺りで止まってくれとミルフィーザに再度指示を出す。ゆっくりになって完全に止まる前に飛び降りた俺は、革製の水筒に白色の粉末を投入して蓋をする。
(……こんなもんか)
何度か振ったその水筒の蓋を外すと、強い熱気が溢れた。そこにドロップの先端を近付けると、あっけなく引火する。
(で、このドロップは何の――そう、か)
口に咥えてディートするその瞬間に、何か不明だったドロップの中身を理解する。俺はその武器である弓と矢を生成した。
(まぁ、あの辺りで採取したドロップだったからな……)
ドロップの内容はその原料となるタガネの咲いた地域に纏わる能力になる傾向がある。あの辺りでよく使用される道具の弓だったのは偶然でも何でもない。
俺は出現したそれを構えると、一人に目掛けて矢を放った。
「――ごっ」
ドロップで生成した物は操作が可能なのだが、それは今使った矢も例外ではない。直接手にしている物と比べれば自由自在とはいかないが、ドロップの扱いの経験が深ければ多少の補正程度ならできる。俺は別に弓の名手ではないが、この程度の距離ならそれによる補正で狙い通りにその者の胸部に命中させられるのだった。
「なっ、何が起きた?! しっかりしろ!」
俺が打ち抜いた者に別の奴が駆け寄る。 騒ぐだけで状況把握の遅れたそれも同じ様に矢で貫く。ついでに馬車を挟んだ反対側の立ち止まってるのにも矢をプレゼントしておく。
「向こうだ! テメェ! ぶっ殺――」
俺の攻撃に気付いたらしい男が、走って来る。あまりに直線的に迫るそれを、騒がず落ち着いて仕留める。
「ひ、ひえぇー」
あまりに呆気ない全滅による恐怖から逃げ出す一人を目で追って、追い掛けずに馬車の方へと駆け寄る。途中に俺が倒していない男性を跨って到着した馬車内には、男女の姿があった。
女性は着ているものを引き裂かれて半裸、おまけに複数の打撲と出血が見える。男性も下腹部を露出していたが、自ら脱いだのだろう。興奮のし過ぎで外の出来事が聞こえなかったらしい。
「あ”? な、何だテメ――」
「五月蠅い」
振りむいたその男性の、無駄に開いた口に目掛けて弓を引いた。その直後に矢を消すと、それによって空いた穴から血が噴き出す。
喉が潰されたその男性は、『コヒュー』という声を出しながら数秒藻掻いて、その場に倒れた。
「キャー!!!」
襲われていた女性は、恐怖の声を上げる。
「……」
俺は野盗が全滅しているのを確認すると、視線を外しながら口を開く。
「一先ず、服をどうにかしたらどうだ?」
そう女性に声を掛けた後、返答を聞かずに、弓を消失させて背を向ける。
手を振ってミルフィーザを呼ぶと、転がっていた死体を引きずっていく。この辺りは野生の動物も多いので道から外しておけば適当に処理してくれるだろう。
「……」
唯一、俺が手を下していない損傷の激しい男性のものだけはその場に残して作業を終えた頃、一応落ち着いたらしい女性が俺の前に現れる。服は別のものに着替えていた。
「あの、ぼくがこれを……? 他の大人の人は……?」
「居ない。 俺が全員殺った」
「そ、そう……」
疲労し切ったその女性の目には恐怖の感情があった。これだけの凶事に遭ったのだから怖いだろうとは思うが、その恐怖の感情を向けているのは死んだ野盗ではなく、俺だった。『化け物』。口では語らずとも、その目は饒舌にそう語っていた。子供でありながらこれだけの一方的な虐殺を成した俺に対して怖がっていた。
「俺はもう行く。 じゃあな――」
「あの! せ、せめてお礼を……」
感謝の言葉も言わない、それに気が付く様子もない女性は、そんな提案をしてくる。
「……なら水筒を一つくれ。 お前を助けるのに一つ潰した」
空になった温かい水筒を放り投げる。ドロップ使用の為に石灰を入れてしまったので、出来ることなら別のものに変えたかった。
「わ、わかりました……。 商品として持っているものがありますので、お譲りします」
水筒を受け取ると、俺はミルフィーザに跨って、別れも告げずに発進させた。
振り返りもせずに目的地へと進んでいく。
(またやっちまったな……)
この辺りのこの時期は盗賊が多くなる。敏い商人ならまず使わない経路なのだが、事情持ちか無知なのか。俺は既にこんな野盗狩りを三回はしていた。
(この後――いや、俺には関係ないな……)
今助けた女性は、恐らく夫か恋人であるあの亡骸の男性と行商していたのだろう。だが不運にも襲われてパートナーと馬を失った。この経路を使うぐらいなのだからそれ相応の事情があるのか単に馬鹿なのか……。少なくともこの後に路頭に迷うのは確実だった。
目の前の人間を助けるだけなら誰でもできる。だが、その後も含めて幸せにするには何もかもが足りない。少なくとも俺一人で手一杯なのだから、そんな余裕はない。もしかするとあのまま矢を射って一思いにしてやるのが優しさだったのかもしれない。
(……明日には到着できるか)
当時の俺は、そこまで思考を進めずに、考えない様にしながら、この先にある町へと気持ちを切り替えていた。




