第8話③ 再びの遭遇
==カーティス=エルリーン城・応接室==
「補填金と褒賞の準備ができたので城に来てほしい」という招集を受けてエルリーン城に来ていた。
襲撃の復興は順調に進んでいるらしく、忙しそうに職人や騎士が行き交っていた。
「こちらの部屋でお待ちください」
案内を担当していた騎士はそれだけを告げると退室してしまう。
暫くして現れたのは、第一王子であるディンデルギナ殿下唯一人だった。
「第一王子様がこんなとこで油売ってて良いのかよ?」
「……良くはないな。 この用事を済ませたらすぐに戻らねばならん。 だが、小僧の素性を明かせぬゆえに我が来ざるを得ん」
彼は後頭部を掻きながら、乱暴に席に座る。
「威厳を感じねえな。 普段もこうなのか?」
「そんなわけがなかろう。 臣下の前では気は抜かぬわ。 だが、真の勇者殿の前で取り作っても仕方がないからな」
「おいおい……」
『ドカッ』と質量を感じる袋を投げるように机に置く。王族の振る舞いとは思えない様子だった。
「今回の一件で使ったであろうドロップの概算に色を付けた額だ。 今確認してもらって構わんぞ」
受け取った袋を開くと、大量の紙幣が入っていた。
ざっとではあるが中を確認すると、殿下の宣言通りおおよその費用より少し多いぐらいの金額であった。
「……問題ない、助かる」
「それは此方のセリフだ。 では褒賞についてだが……、これで構わんだろうか?」
彼は別の袋から三つのドロップを取り出す。その三つは同じ色のドロップだったが、かなり珍しい品だった。
「良いのか? 結構な金額になる品だろう」
「先行投資だとでも思ってくれ。 元々宝物庫で眠っていた物だ。 それに其方ならいづれ役立つであろう?」
「……かも、な」
有難くそのドロップを受け取ると、忙しそうに殿下は退室していった。
(あれ、俺はこのまま帰っていいのか?)
復興作業の邪魔にもなるだろうし、真っ直ぐ帰ろうと、同じく部屋を出た。
……
「おっと……」
「! ごめんなさ――うわっ……」
廊下を歩いていた出会い頭に衝突しかける。その相手は先日の変な少女、アヤリだった。
「人の顔を見てうわ、はないだろ」
「別にいいじゃん。 ……カティくんは何してるの?」
「俺は殿下に――」
そこまで言いかけて、経緯の説明が難しいことに気が付く。
「――観光とかか?」
「え……?」
咄嗟に良い誤魔化しが思いつかず、よくわからない理由になってしまう。
「……そういうアヤリは何してんだよ?」
「私は……騎士見習いになる為の手続きが必要だからけど……。 といっても、書類を出すだけなんですよね?」
彼女は、共に居た騎士にそう尋ねる。
「そうですね。 見習いの時点では勲章の授与がありませんので」
「……というわけ。 私は遊びに来てるわけじゃないの」
(そういえば、以前もそんな事言ってたな)
何故か彼女はどことなく誇らしげにそう話す。以前も感じたが、俺に対抗心でもあるのだろうか。
「嬢さん。 そろそろ……」
「あ、はい。 行きましょうか、ディンバルさん。 ……じゃあね、カティくん」
「あぁ……」
入れ替わりで城内の奥へ歩いて行く彼女の背中を見送った。
……
(何で俺がそんなことを……)
城で褒賞を受け取った数日後、まだ仲良くできるメンバーが居ないという理由でサフィッドを迎えにノービス教の教会へと来ていた。
(あ、居た居た。 っと……、隣に座ってるのは……アヤリか?)
とっくに終了しているはずの講義の後も、楽しそうに机に向かって何かをしているらしい。
(なんかよく出会うな……)
世界的にも有数の規模であるエルリーンで、ここ数日間の遭遇率は中々のものである。
一向に終わる気配のないやり取りを待つわけにもいかず、気は進まないがこの二人に話しかけることにした。
「サフィッド、約束の時間はとっくに過ぎてるとのグリッドのお達した」
「……あ」
申し訳なさそうに振り返るサフィッドと、同じように振り返る隣の少女が俺に話しかける。
「あれ、カティくん。 サフスくんとも知り合いなの?」
「そうだ、こう見えてもサフィッドはランケットのメンバーだからな」
「そうなの?」
アヤリがサフィッドに尋ねると、それに対して頷いて肯定する。
「……一応」
「へー……。 でもランケットって自警団とかじゃなかったかな? サフスくんが戦ったりとかできそうもないけど?」
「だろうな。 こいつは頭を使う役割としてメンバーに入れられてたみたいだぞ」
実際彼の知識と思考能力は、今後も活躍が見込まれる。
「……で、お前らは何をしているんだ?」
「勉強だけど?」
「講義は終わってるんじゃないのか?」
「……終わってるね」
「じゃあ何のだよ!」
要領を得ない会話にイラついて、強めの返しをしてしまう。
彼女はペンを置くと、改めて俺に向き直った。
「私が読み書きができないから、それをサフスくんに教わってたの。 でも、確かに今日はそろそろお開きにしようか」
「……そうだね」
(読み書きができない? 会話をする分にはそれなりの教育がされていると思ったんだが、そうじゃないのか?)
違和感なく会話ができる彼女が、読み書きができない様には思えなかった。敬語と使い分けている場面もあったので、寧ろ高度な教育を受けているものだと勘違いしていたほどだ。
筆記用具を片付けると凝り固まった体を解す様に大きく伸びをするアヤリ。そんな彼女に今までにない興味を覚える。
「『ぐうぅぅ~』ん……」
「すごい音……、カティくんお腹空いてるの? もうお昼だもんね」
俺の腹の虫が鳴く。それ自体を聞かれるのは構わないが、これを切っ掛けとして利用してやろう。
「あぁ、腹が減ったな。 折角だし三人で飯でも食ってくか? 支払いは俺持ちで良いから」
その提案に対し、二人で顔を見合わせるアヤリとサフィッド。答えは出たらしく、嬉しそうに返答した。
「それじゃあ是非。 御馳走になろうかな……?」
「……お願い」
「よし来た。 旨い店を紹介してやるよ」
何かを抱えているであろう彼女の秘密を暴くべく、俺の奢りで食事が行われることになった。
金銭的余裕もあるので、ここは豪華に持て成してやるとしよう。




