零ノ十七話 昵懇
忙しくて更新滞ってます。すみません。。。
遊牧少女の一件からしばらく経ったある日、俺の馬という扱いになっているミルフィーザの世話をしていた。その理由は、これまで世話をしていた遊牧少女がその役目を降りたからある。
「そのしわ寄せが俺の仕事なんだよな……。 、、まぁ、別に忙しいどころか隙してる時間も多いから構わんのだが、な……」
そんな呟きに、ミルフィーザは「そうぼやくな」とでも言いたげに鼻を鳴らす。
「お前は本当に……、こっちの事が分かってるって感じだな。 馬が賢い生き物だってのは知ってるが、その中でも突出してるというか何と言うか……」
賢いを通り越して秀才、はたまた天才と呼べるだけの知能がありそうだ。この小さい脳みそのどこにそんな情報が詰まっているのか――
「――って痛っ! 別にお前を馬鹿にした訳じゃないって!」
口に出さない思考すら見通すみたいにいきなり俺をど突き始める。それでも俺が怪我しない程度に加減しているらしく、そういう点も頭の良さみたいなものを感じさせられる。
「悪かったって――おわっ!」
「ブルル……」
最後に牧草が集まっている場所へと俺を突き飛ばして、ミルフィーザは小さく鳴いた。
「――ったく……」
全身が牧草まみれになった俺は、立ち上がってそれを払う。丁度そんな時、遊牧少女がこの場に現れた。
「えっ? ……あっ――あー、今日は女性陣で編み物するって言ってなかったか? まだ終わりの時間じゃないだろ」
「……わたしが居ると作業が進まないって……。 ちょっとずつ教えていくから今日は戻って良いって言われた……」
「あー……」
そう言いながら彼女は、針で怪我したらしい両手の指を俺に見せる。
「手先は器用な方って思ってたんだけど……」
「まぁ……弓や短剣を扱うのと、裁縫は違うよな……」
「うん……」
「……」
「……」
近頃の遊牧少女は、俺が初めてであった時からすると随分としおらしい言動になっていた。
そしてあの日以降、俺も彼女の顔をまともに見れなくなっていた。
(いや、そんな――意識する程でもないだろ! 別に、大した事があったって訳じゃないし――!)
今にして思えば、俺はあの出来事を機に彼女に対して恋愛感情を抱いていた。これという理由こそないのだが、強いて言えば『普段強気だった年上の女の子が俺にだけ弱った所を見せた』という部分に惹かれたとかだろう。
『恋心で大事なのは理由ではなくその後だ!』と、いつかの勇者が格言にしていたりする。だが、当事者になってしまった当時の俺からすればそんな事は重要ではなく、好きになった事実と向き合う事から逃げる理由を探し続けていた。純粋に恥ずかしかったというのもあるが……。
「……」
「……」
そんなこんなで、その後の会話が続かない。俺も彼女も気まずくなっているのは理解しているが、なんと声を掛けるべきか見失い、時が経てば経つ程に口を開くのが重くなっていく。
「ブルル!」
それを見かねたミルフィーザがまた鳴く。それを切っ掛けに俺はミルフィーザの世話に戻った。
残っている作業は少なかったので、を手早く済ませて彼女と一緒に戻った。
……
戻った後も、二人きりでは気まずい状態は続いている。そんな折、遊牧少女はある物を持って俺の前に座った。
「カティ」
「な、何だ……?」
「これ……」
そう言って差し出されたのは、狩猟の際に彼女が使っている短剣だった。
「これがどうしたんだ……?」
「カティ。 これ、貰ってくれない?」
「え……?」
そう言って手渡されたその短剣を受け取る。実用品の範疇ではあるが、相対的に装飾が丁寧で豪華な品だった。その上で手入れも丁寧にされている。
「これさ、カティに使ってもらいたいなって思ったんだー」
「何で俺に? 頻度は下げるけど、まだ狩りには参加するんだろ?」
「そうだけど……」
「それにやけにこれだけは大事に扱ってたよな。 理由は知らんが――」
「――それ、お母さんの形見なんだ」
そう言われて、手にしていた短剣の重みが一気に増した。
「それなら猶更、俺に渡す意味が分からんぞ?」
「お母さんもわたしと同じぐらいの年では狩りに参加してたんだって。 それで、お母さん曰く、道具は使ってこそだから自分の子供にあげる、って言い残してんだって。 たから、お父さんがその話をしてくれたのがこれなんだー」
「……」
「ほら、血は繋がってないけど、カティはわたしの弟でしょ? だから、それなら使わなくなるわたしよりカティに持ってもらいたいなーって思ったんだー」
「……だからって……」
「お願い!」
「……お前の父には話したのか?」
「これはわたしの物だし、わたしとカティの問題だから関係ないのー」
「……」
そう言って、視線を短剣から遊牧少女の顔に向ける。真っ直ぐ見つめる瞳には俺の姿が映っていた。
彼女の顔を見て、心臓が早鐘を打つ。思わず目を逸らしそうになるものの、真剣な態度の彼女に申し訳が立たないのでぐっと堪える。
「……雑に扱っても、どこかに忘れても文句言うなよ」
「それはいいよ。 あげたからにはカティの物だし――あ、一応手入れの仕方は教えるねー」
「あぁ……」
遊牧少女は、苦手らしい裁縫とは違い、得意そうに短剣の手入れの仕方を俺に教える。
その距離感が近くて集中出来なかったが、俺は何とかその方法を教わりきった。




