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零ノ十四話 充備


 ミルフィーザは正式に俺の馬という扱いになった。

 元々俺が連れて来た馬だったのでそのつもりだったとは聞いているものの、俺以外の奴が乗ろうとすると拒絶して手が付けられない状態になるので、つもりがなくとも半ば強制的にそうなっていたものと思われる。

 唯一の例外があるとすれば、俺と一緒に居る事が多かった遊牧少女が俺なしで触れられる様にはなったぐらいだろう。

 そもそも俺が何故こうも懐かれているか知らない。とはいえ、事実としてそうなっていると受け入れる他ないだろう。俺に馬の気持ちなど測れない。


「――カティ! 決まったよー、次の移動先ー」


 遊牧の民という名なのだから、遊牧すべく季節の移り変わりと共に別の場所へと移動を繰り返す。当てもなくふらふらとしている訳ではなく、毎節の周期に合わせてある程度は決まった場所を点々としている。

 だが場所が確定している訳ではないので、他の遊牧民とバッティングしない様に調整の必要があった。そうした情報交換を経て行き先が決まったらしい。


「どの方角に向かうんだ?」

「やっぱり西に向かうってー。 この時期はそっちの方角になるだろーって言われてたしねー」

「……そうか」

「やっぱり離れられて安心?」


 俺の事情を知る遊牧少女はそう質問してくる。直情的な彼女にしては回りに聞かれても構わない言い回しで内心では関心させられる。

 俺の居たニーマディアはここから東に位置している。あの後国がどうなったかは知らないが……。


「まぁ、な……」

「でももう、関係ないよー。 だってカティはわたしたちの一員からねー。 仮に連れ去ろうって敵が現れても、わたしやお父さんたちが倒しちゃうんだから!」

「そいつは頼もしい限りだ」


 これまで彼女と寝食を共にして俺が至った結論は、こいつの言葉は真に受けない、無駄なので否定しない、受け答えも適当で構わないというものだった。

 まともに取り合わずにしても彼女は気にしないし、俺も無用に疲れない。そんな距離感が出来上がっていた。


「ほら、行こ! カティには移動時の仕事を覚えてもらわないとだよー」

「あぁ、分かった」


 こうして俺は少しづつ、故郷から離れて行った。


 ……


「何してるの?」


 ある日の午後。自由時間を得た俺は、偶然見つけたある物を加工していた。


「……ん?」

「なにしてるのー?」

「……あぁ、これか?」


 後ろから肩越しに覗き込む遊牧少女に、加工前のそれを見せる。


「その花、苦くておいしくないよー?」

「食べた事ある物言いだな……」


 俺は作業の手を止めて、彼女に向き直る。


「これはタガネという花で、この辺りじゃちょっと珍しいんだ」

「うん、知ってるよー。 でもおいしくないからその花が少なくてもわたしは困らないかなー」

「……食用じゃない」

「じゃあなにに使うの?」

「それは秘密」

「えー、教えてよー」


 俺は肩を掴まれて左右に揺らされる。


「俺の切り札なんだよ」

「どゆこと?」


 タガネを加工する理由は一つ、ドロップの補充である。遊牧生活になってから見つけたタガネは全て葉巻ドロップにしている。これが感性すれば三つ目だった。


「有事に備えての準備ってこと。 まぁでも、火種が準備できる状態じゃないと意味ないんだけどな……」

「よくわかんない……」


 ドロップの概念を説明するのも面倒だし、俺が勇者である事は話すつもりはない。そのため、説明する素振りで適当にはぐらかす。


「よし、出来た」


 予め乾燥させていたタガネを細かく刻んで、最後に包むのに適した葉で小さく纏める。葉巻みたいに棒状にしないのは、みつけたタガネ全てをこの形状にしてしまうと嵩張って持ち運びに不便だからだ。使用に際して時間がかかるデメリットはあるが、火を起こす必要があってどの道速効性は期待できない。


「そんなのどーするの? ……目潰し?」

「目潰しなら、その辺の土でもいいだろ。 わざわざ珍しい花を細かくしない」

「うーん……。 あ、わかった! 苦いのを誰かの水に入れて悪戯する気でしょー」

「食用じゃないと言っただろ。 まぁ、毒はないから食っても腹は壊さないけど……」

「わたしのには入れないでよー」

「偶には話を聞いてくれ……」


 万が一の用意ではあるが、これを使わなければならない事態に出くわさないのが一番なのは間違いない。

 この時の俺は、そう願いならポケットにそれを仕舞った。


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