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零ノ十二話 狩猟


 殊の外身体的回復の治りが早かった俺は、姉を自称する遊牧少女から教えを受けていた。


「――でね、こうしてこうすると……ほら! こうなるんだよー」

「そ、そうか……」


 手元で見せてくれはするものの、抽象的表現で溢れている彼女の言葉は中身がない等しい。

 そもそも俺は勇者の記憶として遊牧の民の暮らしについて知識がある。時代背景や部族による差もあるので説明に意味はあるのだが、知っていることを隠しながら頷くのが殆どだった。


「そろそろ出発するぞー」

「あ――うーん! そろそろ行くー!」


 遠くからする遊牧少女の父の声に彼女は返事を返す。今日は狩猟に俺も初めて同行する日である。


「ほらこっちこっち! わたしの後ろね!」

「あぁ……」


 病み上がり且つ勝手もわからないだろうと、俺一人で馬に乗るのは許可されなかった。従って遊牧少女の父と一緒になる筈だったのだが、気が付けば遊牧少女の我儘によって彼女の背にくっ付く事になっていた。


「ちゃんと掴まってね。 落ちたら痛いよ?」

「……わかった」


 痛いで済めば御の字で、落馬したまま馬に蹴られて絶命する可能性もある。俺は彼女の腰に手を回してでがっちり掴んだ。


「よし、しゅっぱーつ!」


 草原に出てからはなかなかの速度で駆ける。彼女の腕が良いのだろう、思っていたより安定しているので酔いはしなさそうだ。

 そんな馬に揺られながら、俺は疑問に思った事を彼女に質問する。


「……狩りって女人禁制だって聞いた事があるんだが、参加していいのか?」

「それって、すっごい昔の話だよー。 ……って言いたいけど、まだ残ってる所もあるってお父さん言ってたかも」

「今は違うのか?」


 少なくとも、俺の記憶にある遊牧の民は女性の参加を禁止していた。


リガロ族(うち)は少なくとも身籠る前はいいんだー。 他は初潮で駄目だったりするみたい。 ……あ、初潮はわかる? わたしはまだなんだけど――」

「知ってるから説明はしなくていい」

「そっかー。 なんかやだよねー。 取っちゃいたいなーって考えたりするよねー」

「……いや、俺には言われても……」


 記憶を辿ればそっち側の感覚も理解できなくはないが、極力俺は女性(そっち)に性意識が流れない様に気を付けている。今代の勇者、カーティスは男性だと言い聞かせている。


「そうだよねー。 はぁ……やだなー、男に生まれたかったなー」

「……」


 彼女の年齢なら初潮を迎えているのが殆どなので、そうした背景もあって不安なのだろう。

 それに月のアレは個人差こそあれキツイ人間はとことんキツイ。 ――否、キツイらしい。


「――ん……合図出た」


 それまで呑気な雰囲気だった遊牧少女だったが、前方を走る同部族の人からの獲物を見つけたというサインに気が付く。すると、纏う雰囲気がガラリと変化する。

 遠くにはガゼルと思わしき獲物が微かに見えた。


「この辺で距離を保ちつつ待機だね」

「等間隔で広がって、囲うんだよな?」


 遊牧の狩猟は複数人で行われる。野生の動物を大人数で囲んで逃げ場をなくし、最後に弓で射るのが基本だった。


「そうだよ。 今日はカティ乗せてるから後方組みだけど、いつもは回り込む方に参加してるんだー」

「そっちって、難しいだろ? よく任せてもらえるな」

「大人達より軽いのもあって速度が出るからねー。 それにわたし、馬に乗るの得意だから!」


 いつもに増して『えっへん』という自慢気な表情を俺に見せつける。どうやら褒めて敬ってほしいらしい。

 だが、囲う側の持ち回りは得物に気づかれて逃げられるリスクがあるので難しい担当だ。それを任せてもらえるのは彼女の実力が認められている証拠なのだろう。


「あーすごい、すごい」

「んふー。 もっと褒めて!」

「……ほら、獲物が向こうに行ったぞ」

「知ってるー」


 待機している人間は、どの方角に動いたか伝える役目があった。

 遊牧少女は手を挙げて方角を示すサインを出す。


「あー、カティにサインの説明してない……。 帰ったら教えるね」

「あぁ……」


 そうこうしている内に、大人たちが見える位置まで戻ってきた。徐々に距離を縮めて、得物を追い詰めていく。


「ここが正念場だよ?」

「……」


 遊牧少女は弓矢を構える。囲まれて逃げ道がない事に気が付いた獲物は、体格のない俺達の方へと全力で向かって来る。


「こっちに来た――」


 焦ることなく番えた矢を放つと、一本目は胴体に命中する。勢いが衰えながらも逃走を続ける得物に、すかさず放った二本目が喉を貫くと、獲物はその場に倒れた。

 完全に停止したのを確認した遊牧少女は、三本目の矢を番えた弓を降ろして息を吐く。


「……ふぃい」

「凄いな」

「そうでしょー! んふー」


 ぞろぞろと集まる大人達と共に、遊牧少女は血抜きを始める。仕留めてすぐにこれをしなければ鮮度が落ちるし、運ぶにも重い。

 そんな作業をてきぱきとこなす彼女からは、どこか逞しさを感じられる。


「よし、終わったよー。 今日はカティも居るから、わたし達は先に戻ってろだってー」

「他の人達は?」

「狩りの続きー。 でもこの大物を持ってだと大変だし、血の臭いも嗅ぎつけられちゃう。 それにそんなに集落から離れてないから帰ってろってー……」

「そうか……、わかった」


 俺の狩猟初体験は、つつがなく終わった。


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