零ノ十話 避
俺が城外周へと向かう途中、ある人物に声を掛けられる。
「やはりこの道を通ったか」
「にぃさま……」
それは第三王子だった。燃え盛る城内で俺を待っていたらしい。
「父上より全てを聞いたよ。 カティ、お前は勇者の生まれ変わりだったのだな」
「……はい」
「無事で何よりだ。 ふむ……逃走を図るに当たって、恰好を少女の下働きに見立てるというのも正しいだろう」
「……はい」
「……付いて来るんだ」
「ですが――」
「わたしはカティを逃がすと決めた。 あの者とは違ってな。 カティが気にしているのはそこだろう?」
「……気付いていたのですか?」
「予想したまでだ。 ……最も、その予想は正しかったらしいね。 兎に角時間がない、向かいながら話そう」
「はい」
頼もしい口調で、第三王子は速足で歩き始める。俺もそれを追って軽い駆け足で付いて行く。
「……わたしの読みでは、仮にカティを差し出してもここを滅ぼす手は止まらぬだろう。 そも、カティを巡っての争いを避けるべく差し出しても殺されてしまうとわたしは考えている」
「……」
「カティが気にする所ではない。 己の考えでカティに挑み、勇者の力で撃退したのだろう?」
「……それも予想ですか?」
「普通に戦いになればカティが勝つ通りはない。 勇者の力とやらがどれだけのものかは知らぬが、三国が徒党を組み襲撃する程だ」
「……そんな、大した力ではありませんよ」
実際勝てたのは、第一王子に勝てたのは不意を突いたからに他ならない。そうでなくても勇者の力が及ばずに負けた記憶は無数に存在する。唯一勝つ為の最終兵器はあるにはあるが、文字通り死ぬつもりでしか使えない。
「それを決めるのはカティではない、周囲だ。 現にその力を恐れて敵対する国家が手を結ぶという事実は覆らない」
「……そうですね」
「そら、到着だ」
「ここは――馬小屋ですか」
「そうだ」
第三王子に連れられる途中からそんな気はしていた。俺は危ないからと近づかない様に厳命されていた場所である。
「ここで一番早馬なこれに乗せ、暴れているアレの側を突破させる。 そうそうこの馬の速度より早い馬は居らぬから勝算は高い」
「にぃさまはどうするのですか?」
「わたしは残る。 この馬は足こそ早いが、力はそこまでではない。 わたしとカティ両方を乗せてでは追い付かれる危険もある。 そうでなくとも固まって動けば気付かれ易くもなる」
「ですが――」
「これは命令だ。 わたしの知る勇者という存在はこの世界の危機に立ち向かう存在なのだろう? 万が一カティが死に、次の生まれ変わりが育つ途中でその危機が起これば誰が世界を救う?」
「それは、真っ当に生を享受した場合も同様です」
勇者だろうといつかは死を迎える。次の勇者が産まれ、戦えるまで育つまでは、復活した魔王を止める者は存在しなくなる。
「健全な勇者が存在する期間は少しでも長いに越したことはない。 それに、世界の危機が訪れた際にカティが救うのであれば、わたしはそれを助けた人間として歴史に名が残るかもしれぬだろう?」
「そんな理由で――」
「わたしはどうでも良いのだ、この国などな。 それよりも、どうすれば名を残せるか……生きた証を伝えられる存在になれるか。 そればかりを考えていた……。 それが今だという事だ」
「……」
俺と言葉を交わしながらも、準備を済ませた第三王子は俺を持ち上げて早馬に乗せる。
「此奴は父上のお気に入りで、足の早さもさることながら賢さもある。 一応父上の許可も得ている故、カティは何も気にせずとも良い。 お前は離さない事だけを考えておけ」
「にぃさま!」
「カティ、お前は長生きするんだ。 そして勇者として名を馳せた暁には、わたしの名を後世に言い伝えてくれ。 そら――行け!」
「にぃさまあああーーー!!!」
俺が手綱を握りしめたのを確認した第三王子は、早馬の尻を叩いて出発させる。最後に振り返った第三王子の顔はやり遂げたという満足げな顔だった。
幼少より勉強を見てくれた、城の誰よりも賢明だった彼の姿が見る見るうちに小さくなっていく。
そうしていると間もなく、小競り合いをしている場所へと辿り着く。賢い馬という話は正しいらしく、速度もそうだが巧みに人を避けて駆け抜けている。
(っ!? あれは――)
遠くに見えたのは、第二王子だった。いつ倒れてもおかしくないボロボロの姿で、それでも仁王立ちしている。
唯でさえ暗い夜、燃える城と点々と灯る松明が目立つのに対して明かりを持たない俺には気付かない。
「―――!!!」
俺通り越すかどうかという瞬間に、聞き取れない合図が出される。それを契機に、第二王子は八方から同時に突き出された槍の餌食となった。
「――っ!?」
正直、尊敬できる性格ではなかった。だが、第一王子と軋轢以降は彼なりに気遣ってくれていた。
そんな第二王子は、全方位からの攻撃にも膝を付かず、立ったまま絶命した。
(あにさまーーーー!!!)
叫びそうになるのを抑えて、俺は逃走する。
「ん!? 今の馬は――何者かが逃げたぞ!!! 王族や勇者の可能性もある、殺せ!!!」
(見つかった!?)
見つかっていなかったという事はないだろうが、号令を出されてしまう。城から逃げる者は問答無用で仕留めるつもりらしい。
「ぐっ――」
武器を手にした輩を飛び越え、放たれた矢を躱す。賢いを通り越して名馬と呼べる早馬は有難いのだが、その上に跨っている俺の三半規管は只では済まない。
「追えー!!! 追えーーーっ!!!」
「ぐうぅぅぅぅぁぁああーーー!」
振り回されながら、俺は育った城を後にした。
……
どれだけの時間、距離を逃げたのだろう。気が付けば朝日が地平線の向こうから小さく見えている。
「はぁ……はぁ……」
本来であれば寝ている時間を夜通し手綱を握り続け、様々な出来事も合わさって俺は疲弊しきっていた。
俺の重量など気にならないと最初よりは速度を落とした馬に乗ってぐんぐん西へと進み続ける。
「ゎぁっ――ぃだっ!」
限界を迎えた俺は、握っていた手綱を放してしまい、馬から転げ落ちる。
それに気づいた馬は俺の方に寄ってくるが、俺の意識は遠のいていく。
(あ、れは……)
朦朧とする中、人影が近寄って来る。だが、俺は何の抵抗も出来ず――目を、閉じた。




