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第8話② 春宮杏耶莉と不穏な予感


==カーティス=酒場・ウィズターニル==


 サフィッドと出会った日から数日、偶に補欠としてランケットの巡回に参加するか、旨いと噂の飲食店を巡る日々を過ごしていた。

 そんなある日、手持ちのドロップが心もとないことに気が付く。


(……補充するか)


 ドロップは種類によって価格こそ違うものの、決して安価なものではない。闘技大会の賞金はまだまだ残っているものの、所持金が少ない状態にはしたくなかった。


(襲撃の補填と褒賞とやらの連絡もまだないしな)


 日程が決まり次第、改めて城に取りに行く手筈なのだが、その連絡待ちの状態が続いていた。


(兎に角、ドロップがないと……か)


 勇者だなんだといっても、実のところ自分の強さがドロップ便りである自覚はある。それがないというのは避けなければならいので、重い腰をあげて立ち上がった。


 ……


 グリッドから紹介された店はノルディニッシュという高品質なドロップを扱う店だった。

 一部の使い捨て用を覗いて品質は保ちたいので、意を決してその店へと入る。


「いらっしゃいませ、私共の店は紹介制となっております。紹介状はお持ちでしょうか?」

「これでいいか?」


 あらかじめグリッドから聞いていた通り、この店の利用には紹介してもらう必要があるらしい。ランケットのメンバーである証明証を見せると、快く迎え入れられる。


「ランケットの方でしたか。 では、本日はどのような品をご所望でしょうか」

「……特に決めてない。 全体を見て回りたいが良いか?」

「もちろんで御座います。 担当店員をつけますので、順に御巡りください」


 一人の女性店員に連れられて店を回る。殊の外上品な店らしく、ガラスケースに入れられたまず見かけないドロップを一つずつ見ていく。


(インク、紋章、傘……写本、占い、歌唱……これは破魔のドロップ。 もはや博物館の域だな)


 どれも今となっては需要がなかったり、必要性を問われるドロップの類だった。コレクターなら欲しい品々かもしれないが俺は要らない。

 だが、懐かしいのもあって、見ていて飽きるものではなく、ゆっくりと店内を巡る。


「げっ……」


 嫌そうな驚き声を掛けられ、その方角を向くと社交界襲撃で出会ったあの少女が立っていた。

 会いたくない知り合いに会ったという反応の彼女に苦言を呈する。


「げっ、っていう反応は失礼だろ?」

「……うわっ、カティくんだ……」

「それも同じじゃねぇか!」


 なおも嫌そうな表情にため息をつくと、彼女は俺に質問をする。


「ここで何してるの?」

「そりゃ、買い物に決まってるが?」

「ふーん、なんだお使いか」

「お使いじゃねぇよ!」


 今度は何故か微笑ましい者を見る表情に変わる。どうにも思考が読めない変な少女だった。


「ハルミヤ様、注文の品が御用意できました」


 そんなやり取りをしていると、彼女側の買い物が済んだらしい。店員が大量のドロップが入っているだろうケースと満杯のポーチを渡していた。


「ハルミヤ? それがお前の名前か?」

「それは苗字(家名)で名前はアヤリだね。 私は杏耶莉(あやり)春宮(はるみや)

「アヤリ・ハルミヤ……」


 その発言に違和感を覚える。明らかにこの世界のどの大陸でも使われない単語をすらすらと発音した少女アヤリは、ポーチ内から剣のドロップをいくつか取り出して確認していた。


「……そんな大量の剣のドロップを何に使うんだよ?」

「それはね、私騎士見習いになることになったから、その準備だよ」

「じゃあ、ケースの方のドロップは? 高級そうなのが多そうだが?」

「こっちはマークの使いで……って何で君にそんなこと教えなきゃいけないの?」

「別にそれぐらい良いだろ?」

「いーや、カティくんみたいなのには教えたくないかな」

「なにさー」

「なによー」


 そこまで言って、我に返る。どうも彼女と絡むと思考が引きずられてしまう。


「……」

「……私は、用事が済んだから。 じゃあねカティくん」

「あ、あぁ……」


 アヤリを見送って、自らの目的を思い出す。必要なものを買い揃えて、俺も同じく退店した。




==カーティス=酒場・ウィズターニル==


「カーティス、ちょいと紹介したい人物がいる」


 ドロップ店でアヤリと出会って数日後、グリッドからそんな願いをされる。


「紹介したいって……どんな」

ランケット(うち)の副リーダ~」

「……そういえば会ったことないな」


 断る理由もないので、肯定するとウィズターニルを出てある場所へと向かった。


 ……


「ここだ。 入ってくれ~」

「これって……」


 案内された場所にはでかでかとオウストラ商会と掲げられていた。

 現在いる国、レスプディア王国でその名を聞かないことはない。それ程までに有名な商会の名だった。


「お~い、爺さん出してくれ~」


 まるで親戚の家にでも上がり込む調子で入って行くグリッドに付いて行く。ここでもグリッドの顔は知られているらしく、急ぎ足で建物内の一人がその爺さんとやらを呼びに向かった。

 応接室のような部屋に通されて少しすると、初老の男性が現れた。


「グリッド。 来るなら事前に連絡をですな……。 おや、もしや例の少年ですかな?」

「おぅ、連れて来いって言われたから連れてきたぞ~」


 ソファに座って、茶菓子を頬張りながらそう答えるグリッド。それを複雑そうな表情で初老の男性は見ていた。


「と、申し遅れました。 スコーリー・オウストラといいます。 現在はここの商会の後見人で、ランケットの副リーダーを任されておりますな。 勇者殿」

「なっ……」


 グリッドを見ると、なんてことはない顔で答える。


「スコーリーには言ったが、それ以外のランケットメンバーには伏せてるから安心してくれ~」

「予め言っといてくれ……」


 したり顔のグリッドはあとでやり返すとして、本題についての話を促す。


「……それで、俺は何で呼ばれたんだ? 唯の顔合わせってわけでもないんだろ?」


 それが必要なら、もっと早い段階でしていただろう。今となってここに来ているのには何らかの理由があるのだろう・


「話が早くて助かりますな。 まず、我が商会を利用してほしいという宣伝はしておきたいですが、それよりもみてもらいたい物がありましてな」


 そう言ってスコーリーは一つドロップを取り出す。その色を見て、そのドロップの特異さに驚いた。


「これは、あるルートで入手した品ですが、どの文献にも載っていませんでしてな。 新種の可能性すらあり、安易に試しても仕方がないので、扱いに困っていましてな。 本物の勇者殿であれば試すことは容易だと思ったのですな」

「……そういうことか」


 ドロップは適性に応じた能力を発現させる。だが、そのドロップが何なのか判別させるのは本来手間がかかる作業だった。何故なら誰がディートすれば良いのかがわからないからだ。特に目の前にあるドロップのように、一つしか用意できなければ手の出しようがないだろう。

 その点、ありとあらゆるドロップの適性を持つ勇者であれば、希少な品のうち一つを差し出すに値する。ということらしい。


「……その必要はないな。 そのドロップは新種ではない」

「とすると?」

「新種じゃないが、もう見かけることはないと思ってたんだがな……」


 差し出されたドロップを摘まんで照明に透かす。


「これをどこで入手した?」

「それが……詳しくはわかってませんな。 様々な土地をめぐって来たようでして……」

「だろうな……」

「そんなにヤバイ代物なのか~」


 深刻そうな表情が気になったのか、グリッドに質問される。


「そうだな。 これを使える奴はまず居ない。 こいつは……()のドロップだ」


 その説明を聞いた二人の表情は俺と同様、深刻そうな表情になった。


「少なくとも、市場には流さないでくれ。 万が一とはいえ適性者が使ったら惨劇が起こる」

「……だな」

「ですな」


 相談の末、このドロップはディートせずに砕くことになった。

 ドロップを砕くという唯それだけでどっと疲れた俺は、ウィズターニルに戻って休むことにした。

 最後に発見された死のドロップは魔王誕生直前であるという記憶を思い出しながら、そんな不穏な予感を忘れるように眠った。


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