零ノ六話 訪
その者は前触れなく訪れた。
「お久しぶりです、お父様」
「あぁ、久しいな」
俺を含めた全王族が招集された理由は、他国に嫁いだ第一王女とその嫁ぎ先の王子の突然の来訪。それを出迎える為であった。
「それにしても話を聞いた時は驚きましたわ。 まさか兄様ではなくそこの子を後継者とするなど……」
「えぇ、わたしも驚きましたよ、ニーマディア王。 友好国である我々に一言もなく方針を変えるなどと……」
「……後継問題などという内訌でわざわざ其方の国に迷惑は掛けられぬ故、これまで後継としていた此奴とも話は済んでおるでな」
第一王女とその夫である他国の王子の言葉に父王は綽綽と答える。この国の王族間でも寝耳に水の話であったり、第一王子の態度から納得した様子はない。なので、解決したという言い方には語弊があるのだが、外聞としてその様な姿は見せるべきでないだろう。
「それで、彼がその後継者ですか」
「そうだ」
「ふむ……。 お前も今日が初なのだろう?」
「……わたくしがこの家を出た後に迎えられたのですもの。 改めて初めまして、新しい弟君」
話の通り、俺と第一王女は初対面だった。
「はい、始めましてねえさま。 カーティスと申します」
「あら、存外しっかりしているものね。 君の様な怜悧な子が後継者であればニーマディアも安泰ね」
「「……」」
俺に対して強い懐疑心のある第一王女と、得体の知れない不信を抱える第三王女が無言且つ僅かに反応する。彼らとの距離は一件以来改善されていない。
「――と、そろそろ御暇しよう。 唯でさえ突然の訪問をしてしまったのだ、長居は申し訳が立たぬ。 幾ら友好国でお前の生家であろうと、礼意を忘れるものではない」
「そうね。 ではお父様、御機嫌よう」
「うむ、其方こそ道中は気を付ける事だ」
「えぇ、そうさせていただきます」
適当に理由や挨拶を述べて第一王女達は出立した。俺は居心地の悪さを感じて第三王子と共にそそくさと出た。
城の廊下を歩きながら、第三王子は俺に話し掛ける。
「……カティ、今の会合は――」
「はい、気付きました。 大方今回のアレは王位継承者が変わった事への視察、そして俺の見極めが目的でしょう」
「わたしはそう睨んでいる。 ……動きがあった以上、先延ばしも無理か。 ……カティ、この後に予定は?」
「……特にありません」
「ではわたしの部屋に来てもらえるかな?」
「わかりました」
そうして、俺は第三王子の部屋に招かれる。真面目な話をするらしく、第三王子は人払いを済ませて飲み物すら準備せずに数枚の紙束を俺の前に置く。
「単刀直入に聞くが……。 カティ、君は勇者なのだろう?」
「……その根拠は?」
第三王子が気付いている可能性はある程度予想していた。だからこそ俺はその理由を問う。
「この紙は以前この城の書簡室にあった本の写本だ」
そう言って出された写本の紙を見る。それは伝承として伝えられる勇者に纏わる物語の一節だった。
(改変に改変が重なって原型がないな……)
史実ではなく、読み物として精練された誇張表現の多いそれを読んで少し俺は笑ってしまう。
「ふっ……」
「面白い内容でもあったかな?」
「あっ……、いえ……。 話を続けてください」
「……それでだ。 先程あったと申しただろう? これらの内容は、君がこの城に来てから気が付けばなくなっていたんだ」
「……」
「恐らくは父上が目に触れない様にと処分したのだろう」
「それは、俺や他の者が何かを知らない様にという意味でしょうか?」
俺の問いに第三王子は頷く。
「そうだ。 恐らく父上はカティを使って何かをしようとしている。 カティは何か聞いていないだろうか?」
「……以前、大陸統一とだけ……」
「やはりか……」
第三王子は少し考えた後に再度口を開く。
「恐らくは勇者としての力を秘匿し、勇者の力を掌握しようとしているのだろう。 その為にカティは無知である方が都合が良い」
「それで、情報を遮断したと……」
「そうだ。 カティが来る前はそうではなかったのだが、今では外からの情報を検閲する様になった。 カティが前に熱を出した際も情報を仕入れるのに苦労したものだ」
「そうでしたか……」
勇者は時が経てばその能力の使い方を記憶の継承という形で勝手に得る。その様な規制は意味を成さないのだが、勇者の記憶に纏わる話は知られていないので仕方ない所だろう。
「して、この写本にある勇者の特徴として挙げられている髪色……それがカティと一致する。 それと理由のわからない継承者の変更に父上の情報規制――以上がわたしの根拠だよ。 カティの答えを聞かせてもらえるかな?」
「……そう、ですね。 俺は勇者です。 王位継承の話をにいさまと話した際にそう告げられています」
「やはりか……」
第三王子は頭を抱えてしまう。納得と困惑に同時襲われたという表情だ。
「……一つ聞きたい。 カティの以前の病や、その前後で変わった口調。 そして、わたしの知るカティは年齢に対して利発でこそあれ、この様な会話に付いていける程ではなかった。 それらも勇者であるのが理由なのかい?」
「……」
「答えられないか……。 今の質問は個人的な興味の範疇だったので忘れてくれて構わない」
「すみません……」
あっさりと引き下がる第三王子に、逆に申し訳なくなって俺は謝る。歴代勇者が守ってきた勇者の記憶に纏わる内容はおいそれと話せない。
「それでだ。 懸念事項は拭えていない。 此度の姉上達の来訪が唯の挨拶であるとは考えられない、一波乱起こるだろう。 それはカティも理解しているね?」
「はい」
この後、考えられる様々な動きを話し合った。その結論として城の防備を固めるのが優先だったのだが、俺も第三王子も大した権限を持ち合わせていなかった。
それに加えて何らかの妨害もあって、事が起こるまでにこれといった対策も講じれずにあの日を迎えた。




