零ノ四話 憶
あの一件以来、俺と第一王子との関係は修復されなかった。
周囲もその変化に気づきはしていたが、纏った険悪さから仲を取り持とうともされなかった。
程なくして後継者が俺であると布告されて、触れようとする者は終ぞ居なくなった。
「うんうん、中々に様になってんぞ」
「はい、ありがとうございます。 あにさま」
俺がいずれは王となるのは父王の意向。だがそれ以上に目的の為に俺の勇者の力を利用するのが狙いだ。
であれば俺に求められるのは腕っぷしの強さ――戦闘能力だった。見学するだけだった俺は王子達の訓練に参加するよう命じられた。
その世話を第一王子がしてくれる筈もなく、白羽の矢が立ったのは第二王子である。
「いやいや違う。 そこは――こう! だ。 こう! だぞ」
「は、はい……。 こう! ですか?」
「ん、だから違うんだよ。 こう! だ」
だが第二王子は感覚派だったので、教わる俺は覚えるのが大変だった。見よう見まねで何とか形にするのに時間を要した。
とはいえ、当時の俺としては元々が武術に興味があったので、これらの訓練は苦ではなかった。寧ろ第三王女から離れる口実として大手を振って励んでいた。
「カティちゃま。 がんばってくだちゃいまち~」
「……」
こうやって甲高い声援を送られなければもっと歓迎していたのだが……。
そんな第一王女であるが、最近はキスを覚えてしまってますます嫌になっていた。
キスとはいっても拒否感のある相手に口の周りを涎だらけにされるだけで、嬉しさの対極にある。こうした事をされた彼女の影響か、未だに年下の女の子に対してちょっとした苦手意識がある。いきなり接近されたら背筋に悪寒が走る程度には。
「うし! 今日はこの辺でいいだろ」
「わたしは……まだ、やれます……」
「訓練は程々が大事だぞ。 下手打って怪我でもされたらおれが怒られるんだ」
「……わかり、ました……」
大粒となった汗をタオルで拭う。水筒を持ってきてくれた第三王女にお礼を言ってそれを『ゴクゴク』と飲む。
「……」
同じ空間で訓練をしていた第一王子は、俺を一瞥すると無言で去っていく。
「なーんか、感じわりぃよな」
「……せんかたありません。 わたしがあのかたのものをうばってしまったのですか……」
「はぁ? 別にカティは悪くねぇよ。 おれなんか生まれた時から今に至るまで継げないってのでブレてないっての。 それを事情が変わったからって八つ当たりとか男らしくねー」
「はい、ありがとうございます……」
「そうでちゅ。 カティちゃまのほーがおーさまにむいてまちゅ」
「あ、ありがとう……」
第二王子の言葉は励みになったが、第三王女の言葉は毒にも薬にもならない。そりゃアンタの立場からすればそうだろうと言ってやりたくなる。
「ま、いいや。 明日は行事で早いからお前らは飯食って寝ろ。 今日は別で寝るんだろ」
「ざんねんながらそうでちゅ」
「……」
王の後継として、俺と第一王女には世継ぎが求められる。それもあって性の目覚めもクソもない今の年齢から父王に寝台を共にせよという命が下された。
だが第二王妃の「幼少より常となれば、夜伽の際に機能しなくなるやも」という進言によって毎日は避けられた。当時は意味など理解していなかったが、何て話を子供の前で話してるんだと今では思う。
そんなこんなで時折俺は第三王女と一夜を共にさせられている。だが一度寝小便に巻き込まれてからはトラウマものであった。
食事を摂った後、渋々俺は第三王女を部屋に届けて、やっと床に就いた。
そうして『それ』は前触れなく訪れた。
「う、うぐっ――あぁ――――――っ!!!」
頭が焼き切れるような痛みに飛び起きる。だが、その痛みを外に訴える声は声にならずに、藻掻き苦しむ。
「ぁが――っ!!! っぅぁ――――!!!」
そんな俺の頭に浮かんだのは記憶だった。それは幾つもの人間の記憶――そう、今俺が夢に見ている様なこれが痛みを伴って無理やり流れ込んで来る。
『何でこんな事をする!』『その行為の意味する所を理解しているの!?』『痛い……助けて』『馬鹿じゃねぇのか!』
(なに……これ……)
そうして俺は、気を失った。




