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零ノ三話 罅


 そんな家族に囲まれてながらも、二周歳までは平穏に暮らしていた。だが、俺が養子として迎え入れられたその時から決まっていた破滅は、刻一刻と近づいていた。


「それで、お話とは何でしょう……父上」

「……」


 俺と第一王子が同時に父王へと招集され、跪いて頭を垂れる。こうした呼び出しは初めてだったので、当時の俺であっても普通ではないと察して緊張をはらんでいた。


「……これまでニーマディアの為、その身を尽くした事は周知である」

「有難きお言葉です、父上」


 そう前置きをした父王は、申し訳なさの籠った声で俺達に告げる。


「其方はこれまでわしの後継として育てていた。 それを期待以上の成果でもって答えてくれていた」

「はい……」

「だからこそ、それを裏切らねばならぬわしの苦悩も理解してはもらえぬか」

「父上、何を――」

「今この刻限を以て、後継者としての其方を排し、カティを正式な後継者とする。 次期王はカティだ」

「なっ!!?」

「わたしが、ですか?」


 俺の問いに、父王は目礼で返す。冗談の類でない事は否が応でも理解できた。


「何故――何故です! 何故わたしを差し置いてカティを――」

「其方であれば料簡すれば察せよう。 カティは並の存在ではない」

「それは……」


 この時は俺もだが、他の兄妹連中も俺がどの様な存在であるかを知らなかった。何らかの事情があるとは思いつつも、養子として迎えている。


「其方も納得は出来ぬであろう。 だからこそ其方にだけ話すが……カティは勇者の生まれ変わり、この世界に変革を齎す力を有した存在だ」

「勇者……? 御伽話ではないのですか?」

「そう考えるのも無理からぬであろう。 ニーマディアとその周辺国には勇者出現の逸話は存在せぬ。 わしがそれが現実であると知るのは口伝にて言い伝えられていたからに他ならない」

「――ですが! それが後継と関係あるのですか!」

「この国の未来。 それを考えれば人ならざる力を持つカティを据え、このニーマディアが大陸統一を果たす。 その為には不可欠だからだ」


 ニーマディアの国を始めとした、ここエジリアスト大陸は戦乱の世。幾つもの国家が鬩ぎ合う土地だ。


「大陸統一の悲願。 その偉業の意味は理解しています。 それでも、王家の血を持たぬカティを――はっ!」

「そう。 その為の許嫁だ」


 頭の回転が早い第一王子は、言葉の途中で察してしまう。俺がこの城に来た時から既に計画されていたと知って黙ってしまう。


「…………どうあっても、お考えは変わりませぬか?」


 絞りだす様な質問に、父王は答えた。


「これまで通り、そしてこれからも、其方にはこの国の王に尽くしてほしい」

「承知……致しました……」


 納得したとは思えない声色で第一王子は肯定する。

 年端もいかない俺にすぐに何かを命じる訳でもなく、俺達は同時に解放された。


「…………」

「…………」


 当時の俺でも、事の重大さは理解していた。無言で歩く第一王子の隣に速足で付いて行く。普段なら抱き抱えるか歩幅を合わせてくれたのだが、それもない。

 そうして各自の自室へと続く分かれ道に差し掛かると、第一王子は立ち止まった。

 顔を此方に向けず表情は見えない。俺は歩み寄って見上げる。


「……」

「にいさ――ぐっ」


 その瞬間、俺は第一王子に蹴飛ばされて宙を舞った。自由落下後も勢いは止まらずに地面を転がる。


「いた、い……」

「……」


 蹴られた脇腹を抑え、その場に蹲る。そんな俺の様子を第一王子は静観していた。


「にい……さま……」

「わたしを兄と呼ぶな。 卑しい簒奪風情が」

「え……」


 そう捨て置き、第一王子は自室へと戻ってしまう。


「う……、うぅぅ……」


 当時の俺は理不尽な暴力を振るわれ、恐怖していた。だが、今にして考えれば彼の怒りは尤もだ。

 それに身体能力からして全力で蹴られたのであればこの程度の怪我では済まなかった。最低限の理性は残っていたのだろう。


「ううっ……」


 それまで多少のいざこざこそあれ順風満帆だった俺の生活に、ヒビが入りはじめた。


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