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零ノ二話 家


 当時の俺の家族構成はこうだった。

 第一から第三王子の兄が三人、第二王女の姉に第三王女の妹が一人ずつである。血の繋がりこそないが、俺の扱いは第四王子だ。

 第一王女である上の姉は、俺が迎え入れられる前に隣国に政略結婚で嫁いでいたので、当時は面識がなかった。

 父である王に母に当たる王妃が三人存在した。王妃間の仲は良好とは呼べず、水面下で対立していた。俺は第二王子と妹の母親の第二王妃に可愛がられていたが、逆にそれ以外の王妃とはそう口を利かなかった。


「ん……。 カティ、そこ間違えているよ。 それでは鏡文字だ」

「……これですか? ……これであっていますか?」

「そう、そうだ。 以前も同じ間違えをしていたから気を付けるように」

「わかりました、にぃさま」


 俺が『にぃさま』と呼んでいるのは第三王子に当たる兄だ。他の王子達とは違い、前線ではなく軍略に長けた人だった。

 特別体が弱いという事はないが、それよりも頭を使うのが向いていたのでこうなったらしい。

 そんな第三王子に、俺は座学を教わっていた。とは言っても、やっているのは文字の勉強からだった。


「……できました」

「ん、上出来だ」


 俺が書き上げた文字表を広げて見せると、第三王子は目だけを高速で動かしてからそう答えた。


「ほんとうですか? さきほどもまちがえてしまいましたが……」

「ぼくはカティに厳しく教えてはいるが、その年で基礎文字をそこまで書けるなら優秀だよ。 中にぃなんかは未だに間違えたりする」


 中にぃとは第二王子の事だ。


「それよりあにさまは、もじをていねいにかくことからまなびなおすべきです」

「カティに言われてしまっては形無しだ。 分からなくなった文字は適当に誤魔化すきらいがある」

「にぃさま、きらいがあるとは?」

「ん……、好ましくない傾向にある、という意味だ」

「べんきょうになります」


 第三王子は俺の会話をこなしながらも、手元にある帳簿から目をそらさずに手も止めない。


「……今日書き上げたものを父上に持っていきなさい。 それを見れば座学の進捗を理解して下さるだろう」

「はい、にぃさま。 しつれいします」

「ん……」


 文字表を丸めて、俺は父の執務室へと歩いて行く。普段なら妹に見つからないかと不安であるが、この時だけは気にせずに場内を歩ける。俺が座学の日は、彼女は湯に浸かった後に香油を塗っているからだ。

 文武は男の仕事であり、女は容姿を整えて男に尽くすのが仕事だ。それは幼子であろうと関係ない。この国においてはそれが常識だった。


「カーティス様ですか」


 父の執務室には護衛の見張りが立っている。当たり前だが王の安全はこの場内、いやこの国内で最も重視すべき事柄だ。


「にぃさまより、これをとうさまにもっていくよういわれました」

「陛下は取り込み中です。 わたくしが預かっておきます」

「……おねがいします」


 当時の俺からすれば、やはり義父とはいえ会えるのは嬉しく感じるものだ。だが、こうして門前払いされて顔を合わせられない事も珍しくない。

 座学も終えてしまったので第三王子の所へ戻るのは邪魔になる。かと言って時間帯からして第一第二王子の訓練も終わっている時間だろう。

 どうするべきかと歩いていると、姉に当たる第二王女とばったり会った。


「カティじゃない。 座学はどうしたの?」

「きょうはおわりました」

「随分と早いのね。 中にぃの時は日が傾いても終わらないと騒がしかったけれど……」

「あにさまはざがくはにがてだったとおききしています」

「でしょうね。 わたしも筆を取って座りっぱなしなんて滅入ってしまうわ」

「……? たのしいではありませんか?」

「つまらないわ」


 王族の女として生まれた彼女からすれば、自らを磨いて他の女を蹴落とす。そうして嫁ぎ先の相手から寵愛という名の好待遇を受ける。それが全てで、それ以外は些事だ。娯楽として恋愛話に興じることこそあれ、労働と呼べるものへの関心は全くない。


「そうそう。 貴方の妃だけど、もうそろそろ終わるわよ。 迎えに行きなさいな」

「え……。 いえ……」

「そう」


 苦手意識もあって拒否すると、俺への興味を失ったらしい第二王女は別れも告げずに歩いて行ってしまった。

 僅かな平穏が終わるのかと気落ちしながらも自室に戻る。戻った俺は兄達の真似事として武術の型っぽい動きをしていると、断りもなく扉が開かれた。


「やっぱりもどってまちた!!!」

「――うぐっ」


 案の定第三王女だったのだが、そんな事よりも俺は顔をしかめてしまう。


「どうでちゅか? みりょくてきになちまちた?」

「んんぅ……」


 明らかに過剰に使用したと思われる香油の臭いにまともな返事が出来ない。鼻が曲がりそうになるが、その地雷原である本人は平気らしい。


「ぎゅーしてあげまちゅ」

「や、やめ――」


 ゼロ距離でくっ付かれた俺は、前後不覚になって意識を殺した。恐らくこの時、頑張れば胃の中身を放出出来ただろう。そんな状態で只管耐え続けた。


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