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零ノ一話 誕


 意識が灯ったその直後、それは瞬時に理解した。


(あぁ、夢か)


 そう、これは夢だ。幾つもの男女の出会いと葛藤、交流や戦を繰り返し、そして最後は命尽き果てて死ぬ。そんな夢。

 笑顔に囲まれながら死ぬ夢は幸福だった者は極僅かで、殆どは誰かを憎しみ、道半ばで苦しんで死ぬ。

 だが、道と呼べる程度に進めたのならマシだろう。生まれて間もなく異端として殺されるか親に捨てられて惨たらしく世界を恨んで死んだ者も多い。


 そんなこの夢は、かつてこの世界で繰り広げられた事実であり現実だった。頼んでもいないのに勝手に勇者と呼称される存在として作り変えられた人間の末路だった。

 今現在の勇者二十八代目とされているが、その夢はその倍を優に超える数が存在する。それだけ多くの命が世に知られる前に落命しているのだろう。






 ――






 ――――――――――






 ――――――――――――――――――――






 そして夢は最後のものへと移り変わる。まだ死へと到達しない唯一の夢、俺しか知らない夢だ。

 母親から取り上げられてから一年は目まぐるしく状況が変化していく。恐らく自己が確立される前だからだろう。早々に両親と思われる存在は視界から消え、気が付けば俺は絢爛な屋敷で世話をされていた。後から知った事だが、実の両親が在籍している小さな農村は情報統制と立地の都合で勇者の伝承が知られない土地で、親と違う髪色で産まれた俺の扱いに困っていた。

 その情報を目敏く得た農村を領地とする小国――ニーマディアの王、俺の養父となるその男は男からすればはした金、農村からすれば大金の額で俺を引き取り、養子として俺を育てる事にした。無論、勇者であると知って……。


「にいさまー!」

「ぅおっと……どうした、カティ」


 『カティ』と呼ばれたのは一周歳を迎える少し前の俺で、それを軽々と持ち上げたのは兄に当たるニーマディア国の第一王子だった。


「おともさせてください!」

「別に面白くもなかろう」

「いえ、にいさまがたたかうすがたはかっこいいです!」

「嬉しい事を言ってくれる。 ……よし共に参ろう」

「はい!」


 物心付いたばかりの俺は、兄の武術訓練を見るのが日課になっていた。王子とはいえ小国であるニーマディアは常に人不足だ。陣頭に立って指揮し、時に自ら将として武器を振る事もあり得るので、兄達は訓練を欠かさず行っていた。


「時にカティ。 アレはどうした?」

「アレですか……」

「やはり撒いたのか。 許嫁だろう」

「そうですが、じっとしておれず、くっついてじゃまです」

「ふむ、確かにな……」


 アレと呼ばれているのは妹でありこの国の第三王女だ。養子である俺は父王との血縁が存在せず、それ故に家族として組み込むためにも婚姻が結ばれていた。数節も誕生日が違わない彼女は、生まれながらの許嫁である。

 だが、当時の俺からすれば恋事に興味など微塵もなく、只々うっとおしい存在として認知していた。


「そら、着いたぞ。 武具を振るう故、いつも通りあの線の外に居れ」

「はい」


 抱き抱えられて到着した訓練場で、型の訓練を始める兄を見続ける。上着を抜いて露になった筋骨隆々がしなやかに動き、汗ばんだ体は美的美しさすら感じさせられる。


「ん、カティ。 また来てたのか」

「あにさま」


 『にいさま』と呼んでいるのは第一王子で、今しがた『あにさま』と呼んだのは第二王子の兄だ。第一王子程ではないが同じく鍛えて筋肉質な体つきをしている。


「別に兄貴の訓練なんぞ、見ても面白くなかろう」

「いえ、たのしいです」

「そうか? おれぁ女の胸か尻を眺める方が好みだ」

「またそれですか。 おねぇさまがこまっておりましたよ?」

「姉貴も黙っててくれりゃあいいのになぁ」

「ときとばあいによってはかあさまにいいつけるとも――」

「うわっ、そりゃ勘弁。 後で菓子でも持って言いくるめないとだなそりゃ」

「……」

「ま、おれもちょっくら体動かしてくらぁ」

「はい」


 そう言って第二王子は、第一王子の方へと歩いて行く。やるまでのやる気がないだけで、いざ訓練を始めれば真面目な性格だった。元々真面目な気質な第一王子とどちらが良いかは言うまでもないが……。


「やっぱり!!! ここにいまちたね!!!」

「うっ……」


 そのまま兄達の訓練を眺めていると、遠くから喧しい声が届く。その主は先程アレ呼ばわりされていた妹だった。


「きょうこちょはおままごとのちゅづきをとおもってまちたのに!!! またにいちゃまたちのくんりぇんばゃかりみちぇー!!!」

「にいさまたちがめいわくしています。 すこししずかにして――」

「もー!!! くちぎょたえちないでくだちゃい!!! ばちゅとしてほっぺにちゅーちまちゅ」

「うわー!!!」

「――にがちまちぇん!!!」


 今にして思えば、哀れな存在だろう。生まれてから俺との婚姻の為に英才教育という名の洗脳によって俺が好きだと錯覚させられている。実際にあるべきだった彼女の姿は存在しない。

 そんな事情など知らない当時の俺からすれば、好意を向けられる事にすら意味も見出せず、ぞんざいに扱っている。


「今日も一段と凄まじいな」

「ふむ……。 追われれば逃げる、というのはある種の本能か」


 冷静な兄達とは対照的に、決死の覚悟でどだどた走る俺だったが、足がもつれて芝生に衝突する。その後は背後から迫る妹に圧し掛かられて終了だった。


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