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第8話① サフィッド・スリオン

前回までのあらすじ:カーティス

ランケットの一員として社交界の警備に参加する。

予見されていた通りダルクノース教の襲撃に遭うもそれを大立ち回りで撃退する。

ディンデルギナ第一王子の約束通り、後日費用の補填と褒賞を約束されて疲労のまま帰路についた。


==カーティス=酒場・ウィズターニル==


 社交界の襲撃があった翌日、疲労から昼過ぎまで熟睡していた俺は目を擦りながら階段を降りて店内に入る。すると、見慣れない小さな女の子が給仕をしていた。


「ぁ……ぃらっしゃいませ?」


 店の内側から現れたので客かどうかの判断ができなかったのだろう。疑問系で入店の挨拶がされる。


「飯は食うけど、客じゃないから扱いは適当でいいぞ」

「ぇ……?」


 昼の客入りはそこそこの店内で、空いている席の一つに座る。拙いながらも精一杯給仕の仕事をしている女の子を眺めていると、ここの店主がいつも通り料理を持ってくる。


「あの女の子は父親が早くに亡くなって、母親が病気にかかったらしい。 どうしようもなくて窃盗に踏み切った所をメンバーが保護した。 別の働き先が見つかるまではここで世話をすることになった」

「ふーん」


 料理に手を付けながら相槌を打つ。そういわれれば以前ラッヅが追いかけていた女の子に似てなくもない。

 同情できる話だが、世界中を見れば珍しい話でもない。唯々あの女の子は早い段階で保護されたので幸運といえるだろう。


(特別扱いはしないけど、気が付いたら助けるぐらいはするかね)


 そう考えていると女の子のか細い「ぃらっしゃいませ」に迎えられてグリッドと本を抱えた少年が入店してきた。


「…………で………………なんだがどうだ~」

「………………く…………」


 距離があるのでここからは聞き取れないが、どうやらグリッドが連れてきたあの少年をランケットに勧誘しているらしい。俺の時と同様ににやにやとした表情で話しかけている様子からもそれが見て取れた。


 俺が料理を平らげた後もまだその勧誘は続いているらしく、頑なに首を横に振る少年が気になって、その席へと向かった。


「グリッド、どうしたんだよ?」

「ん……いや、有望な彼にランケットに入らないか? と、提案してるんだが、賛同してくれなくてな~」

「……興味ない」


 予想通り勧誘だったらしい。明らかに荒事に向いていそうもないこの少年のどこが有望だと感じたのかは知らないが、迷惑そうなので助け船を出す。


「だよな、こんな怪しい団体に所属したくなんてないよな」

「……うん」

「怪しくなんてないだろ~。 貴族にも目を掛けられている正義の自警団だぜ~」


 そんなことを平然と言ってのけるからこそ信頼できないと思うのだが、へらへらとした態度を崩さないグリッドに少年は否定的だった。


「それに、明らかに自警団なんて向いてなさそうだろ。 どこが有望なんだ?」

「それはだな、なんとこの少年は教会の講義の全内容を把握していて、書見した得た知識とそれを活用する頭脳を備えた逸材だぜ~」


 教会の講義、というのはノービス教で熱心に行われているあれのことだろう。基本的に講義内容は間違っていないが、一部に限って教会が広めたい内容に歪曲しているので好意的な印象はない。


「その知識と頭脳ってのはどの程度なんだよ?」

「それがな~、これをみてくれよ」


 グリッドは、少年から本を取り上げるとそれを広げて見せる。慌てた様子で少年は取り返そうともがくが、身体能力は見た目通り低いらしい。


「……返して」

「これ、この本の記述内容の誤りを独自の解釈で修正してるんだよ~。 それもぱっと見間違ってない」

「……返して!」


 男の子には申し訳ないが、俺も気になったのでその本を受け取る。二百年ほど前のドレンディアに関わる史実に関する研究の本だったが、確かに誤った情報が高精度で本来のものに直っていた。一部指摘洩れこそあったが、本来の歴史を知らない人間としては十分なレベルだろう。


「返して!!」

「あぁ、悪い……」


 持っていた本を少年に返すと、先程までと同じように両腕で抱えて、机に突っ伏して蹲った。


「……なんか虐めたみたいで気分悪いんだが」

「……そうだな、すまなかった」

「…………」


 微動だにしなくなった少年はそのままの状態で涙声になりながら続ける。


「……馬鹿にしてるんでしょ」

「え?」

「……こんな意味ないことしてって、馬鹿にしてるんでしょ!」

「いや、そんなつもりは……。 どうすんだよ、グリッド」

「やっべ~……」


 頬を掻きながら困った様子のグリッドの後頭部を叩くと、改めて少年に向き直る。


「本を取り上げたのは悪かった。 でもその内容だが、俺は無意味だと思わないし、その本の著者よりも修正内容が正しいと思うぞ」

「…………」

「こいつの勧誘は置いといて、そういった才能は内に秘めるんじゃなくて、誰かの役に立つかもしれない」

「…………」

「自信がないみたいだが、俺はお前みたいな奴好きだぞ」

「……………………そう?」

「あぁ」

「オイラもだぜ~」


 再度グリッドの後頭部を思い切り叩く。何故か店主が反応を示すが、気にしないでおこう。


「兎に角、今日はこいつをとっちめておくから帰っとけ、な?」


 その言葉に『びくっ』と反応するも、しばらく動かない。長考の末にこの少年は重い口を開いた。


「……これが、正しいって本当に思う?」

「あぁ、少なくとも修正前よりも信憑性があるな」

「……そっか」


 少年は顔を上げると、俺の顔を真っ直ぐと見た。


「……君みたいな人がいるなら考えてみる。 ここに入団するの」

「本当か~!?」


 嬉しそうに反応するグリッドの脚を踏むと、飛び上がった後に今度は彼が机に突っ伏した。


「そういえば名乗ってなかったな。 俺はカーティスだ」

「……サフィッド」

「オイラ……はグリッドだぜ~」


 姿勢をそのままに腕だけ上げてサムズアップする様子に俺達二人は視線を外した。


 ……


「……こことここ、巡回ルートに組み込まれてない。 ……それとここ、二十八年前に密売に利用されてた路地裏だからルートに組み込むべき」


 グリッドは広げた町の地図に、現在の巡回ルートを記載し、その問題点をサフィッドが挙げていく。正確に巡回ルートを把握しているグリッドも凄いが、その問題点を見ただけで修正できるサフィッドの能力も優秀といえるだろう。


「巡回ルートなんてあったんだな」


 俺が巡回を頼まれた際は、ある程度の位置しか指示されなかったのだが、実際は厳格に決められていたらしい。


「そりゃな~。 お前、この町の地理に詳しくないだろ?」

「……まぁそうだな」


 その言葉の通り、俺が知らない道というものも現在のエルリーンには数多くあった。


「……ここ、人が足りない」

「それは仕方ない。 常にランケットは人手不足だからな~」

「……なら、このルートをこうするべき」


 あくまで参謀という位置づけでスカウトされたサフィッドは、頭を使うのが好きらしい。

 当初は嫌そうに話していたグリッドにも、今では嬉々として改善提案をしている。


(これなら大丈夫そうだな)


 二人の邪魔をしないように静かに立つと、今日一日非番の俺はもうひと眠りでもすべく階段を上がった。


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