第54話④ 投票結果
==杏耶莉=炎天の節・十六週目=エルリーン城・選挙会場==
それなりの時間を掛けて投票用ドロップが回収されていたが、遂に私の番となった。
扱いこそ優遇されているであろうという自覚こそあるものの、実際の爵位は低いので順番は後ろの方となっている。裏を返せば終わりが近いという訳だ。
「うむ、此度の助力も助かった」
「は、はい……」
壇上へと上がると、ディンデルギナにそう声を掛けられる。それに対してディクタニアは面白くなさそうに私を睨む。
「スカルエ公を始めとした幾つかの有力者は貴方のお陰で味方に付けられませんでしたわ。 ……貴方に苦言を呈しても意味がないと理解しておりますが」
「その通りだな、ディクタニア。 其方が離れる者を引き留めるだけの手を持ち合わせていなかったのが敗因だ」
「敗因とは言葉ですわね。 もう勝った気でいらっしゃるおつもりですのね?」
「では其方は手ごたえを感じておるのだな?」
「……この場ではそうだと言う他ありませんわ。 意地悪な質問をなさるのね」
「あのー……」
会場全体に聞こえない声量且つ威厳のある顔のまま口喧嘩を初めてしまったので、私はどうすべきか困ってしまう。すると、仮面を付けたラングリッドが首を小さく動かして「二人はほっといて、入れて戻れ」と示す。私はその言葉に甘えて投票用ドロップを硝子の箱に収めるとその場を離れた。
……
「はぁ……。 無駄に疲れた……」
「アヤリ様を笠に着て言いたいことを仰っていたのですわね? 遠くから見てアヤリ様だけが剽軽な動きをしているのが見えましたわ」
「ひょうきんって……」
失礼な言い分である。妙な動きをしたら首を刎ねるとまで宣言しているこの会場であの様な形で困らせないでいただきたい。
「アヤリ先生は国外の方で、元々貴族ではないのですものね。 咄嗟の場で最適な所作が出来ないのも仕方がありませんわよ」
「そうだよね。 ……本音を言えば、別に貴族とかじゃなくていいし」
「自由を得るにはある程度の権力は必要ですわ。 尤もアヤリ様の場合、この国での自由にどれ程の価値を見出していただけるかというのは気にしている部分ですわね」
「……少なくとも、今はここで住まわせてもらってるのは有難いと思ってますよ」
この先の事は考えていないのが実情だが、なんだかんだ今の生活は気に入っているのが本音だ。それの引き換えとして王子やチェルティーナの手伝いをしなければならないというのも納得しての行動である。
「アヤリ先生、この国から出るご予定がありますの?」
「今の所はないよ。 先の事は分かんないけど……」
「であれば、今後もお稽古させてくださりませんか?」
「お稽古って……」
「此度の選挙という催しの為になされてたというのは理解しておりますが、せめてわたくしだけでも続けさせていただけませんこと?」
「それって……」
「幸い、学校からはエルリーンへはそう遠い距離ではありませんし、わたくしも卒業まで期間があります。 まだ指導を受けてから強くなった実感がありませんもの、護身としてこれからもご教授いただきたいですわ」
「うーん……」
前にも考えたが、正直な話フィオルナに見込みがあるかと問われれば「ない」と答えてしまう。
攻撃をする際も受ける際も、目を瞑ってしまう癖なんかは続けていけば解消されるかもしれないが、それ以前に戦い云々に向いていないと思われる。
(でも闘技大会に参加したい! みたいな上を目指してるって訳じゃなくて、護身用に最低限の力が付けたいってだけだから……)
最終的に敵対する相手を戦闘不能にすればいいのだが、そうでなく身を守る為だけなら彼女の場合は時間を稼げば済む話である。
「……まぁ、私に出来る範囲であればいいよ」
「本当ですの? ありがとう存じますわ!」
「どういたしまして」
フィオルナは優雅な動作でお礼を全身で表す。やっぱり彼女は剣を持つより煌びやかな庭園かなんかで座ってる方が合っている気もするが、本人のやりたいことを妨げるのも良くないだろう。
「おっ、何かあるみたいだぞ?」
壇上の方をぼーっと見ていた瑞紀が座っていたテーブルから飛び降りながらそう騒ぐ。全く以て行儀が悪い。
言う通り壇上の方を見ると、マークが壇上に立っていた。
「それじゃあ、公平を期す為にボクから説明させてもらうよ。 まずはボクの顔を見た事ないって輩も居るだろうから先ずは説明を。 一応ここの王子様から公爵の爵位を賜っているマクリルロ・ベレサーキスという者だね。 名前程度は聞いた事があるんじゃないかな?」
そんな自己紹介に会場が騒めく。私がこの世界に転移した時点で進んでいた話だが、ドロップの研究と称してドロップ製品の開発から列車の稼働という国の事業を立ち上げて回した功績は貴族の中で知れ渡っている。だが、表舞台にマークが現れる事は少なかったりするので、それがちょっとした騒ぎに発展しているらしい。
「ま、ボクの事はどうでもいいね。 今回、キミ達の文化には存在しなかった選挙及び投票という国の王様を決める方法を進言。そして、キミ達が持ち寄ったドロップを準備させてもらった身として、最後の集計もさせてもらうね」
そんな言葉と同時に、後方から人の背丈はありそうな装置が現れる。それを押しているのは不満気な顔をしたメグミだった。
「メグミ……」
何とも言えないというトーンで楓が彼女の名を呼ぶ。メグミは表情からしておそらく無理やり参加させられ、重そうな機械を持ってきているのだろう。
そんな装置だが、ひと昔前のテレビ番組とかで使いそうな仰々しい見た目をしている。そんな装置に先程まで集めていた投票用ドロップが入った硝子の箱をセットする。すると、カプセルトイの下に三つのパイプに繋がっているみたいな状態になった。パイプからなにから、全て透明な素材を使用している。
「じゃあ集計を始めるね。 あぁ、一応先に言っておくと、ボクの票は事実上無効票である第二王子に入れているから気にしないでね。 じゃあ始めるよ」
その言葉を合図に、メグミが操作用と思わしきレバーを下す。その動作に若干の恨みか含まれていそうだが、そんな事とは関係なく箱の中身の投票用ドロップが吸い込まれていく。
「何だあれ……」
瑞紀の小さい呟きと私の感想が一致する。だがこの世界の人からはそうは見えていないらしい。
「どの様な原理でドロップが動いているのだ!」「三方に仕分けされているが、どう見分けている?」「あの透明な素材は何をすればあのように加工が可能なのでしょう」「あれがかのベレサーキスの技術……」
隣を見ると、フィオルナも「素晴らしいパフォーマンスですわ」とのこと。異世界の技術であると知っているチェルティーナは平然としているが……。
「……これでフィニッシュだね」
仕分けられた王子王女の目の前に集められたドロップは一斉に割れると、中の硬貨が積み上げられた。その高さが投票数となる。
「はい、これでお終いだよ。 ……ずっと透過素材で投票されたものが監視出来たんだし、キミ達は難癖は付けないだろうね?」
その結果、六:一弱:三強という割合で第一王子ディンデルギナが一位となった。




