第54話① 王位継承選挙の準備
==杏耶莉=炎天の節・十五週目=マクリルロ宅・リビング==
再来週にはついに王位継承の選挙があるからと、私だけでなく瑞紀に楓がマークの家へと呼び出されていた。
到着して早々に、瑞紀は話を切り出す。
「で、わたしと楓が呼び出された理由はなんだ? 杏耶莉が参加必須ってのは前々から聞いてたんだが」
「うん、そうだね。 ボクと彼女は一応爵位持ちって事になってるから参加必須って言われてる……。 扱いはかなり特殊なんだけどさ」
「だろ? でもそうじゃないのに参加しろって話でもあったのか?」
「ご明察。 でも必須ではなくあくまで客人として参加してもらえないかって話が上がっただけだけどね。 投票権はないから見ているだけで構わないそうだよ?」
「そう言われましても……」
楓は困った様子で決めかねている。国の代表を決める重要であろう式に参加させるなど、何かしらの意図があるのではと勘ぐっているらしい。私もそう思う。
「あぁ、別に何かを求めている訳じゃないみたいだね。 何でも『単に彼女を呼ぶのに他二人を除け者にするのは忍びないから』と言っていたよ。 別に都合が悪かったりするなら断れば良いんじゃないかな?」
「ふーん、ほんとかよ……」
「特にキミは先の騒動では十二分な成果を出してくれたからそのお礼も兼ねているみたいだから素直に好意と受け取って構わないんじゃないかな」
騒動とは何があったのか気になったので、瑞紀に質問する。
「騒動って? 瑞紀何かしたの?」
「ちょっとランケットとして、な……。 別に杏耶莉に話す様な出来事はなかったぞ」
「あっそう」
変に秘密主義な所があるので、言葉を濁される。だが本人が言いたがっていないなら、無理に詮索すべきじゃないと納得する。その隣では耳打ちで「(後で何があったか教えてください)」と尋ねている楓が見えたが、彼女は彼女で野次馬根性が据わっている。
「で、その投票ってのは堅苦しいんだろ? それがなんでわたしへの礼になんだよ」
「その投票と集計自体は一日掛かる内容じゃないからね。 正式に次期国王が決まったらそのまま立食パーティになるんだよ。 そこで新たに人脈作りをしたりするんだろうね」
「うへー、めんどくさそー」
瑞紀は苦そうな顔をしながら腕を組んで天井を仰ぐ。私も正直面倒そうだと思ってはいる。危ない事に巻き込まれない様にチェルティーナが手を回してくれる予定ではあるので、緊張とかはしていないが……。
「でも相応に豪華な食事が用意されるだろうし、キミは興味ないのかい?」
「旨いメシは食いたくないとは言わないが、技術的には元の世界の小銭で食えるレベルとこっちのお貴族様向けでトントンな味だし、わざわざ出向く程じゃねぇんだよ」
「そうですね……。 私も口に合わないケースは珍しくありません」
「だよな! 杏耶莉の料理でもハイレベルって具合だからな」
「私のでもってどういう意味? まぁ、多少料理好きな一般家庭レベルなのは否定しないけど」
流石に本職で料理を提供している人と比べれば特出していると自負してはいない。
「それにだぜ? 杏耶莉がたまーに着てるあのひらひらしたドレスを着るのかって話だ。 あんなの御免だ」
「確かに」「そうだねぇ」「そうですね、似合うイメージが湧きません」
「一度に喋んな!」
この場に居る全員の意見が一致する。ただでさえ日本人っぽい顔の私なんかでも微妙に感じるのに、瑞紀には似合わないと思う。逆に楓は日本人にしては鼻が高くて似合ったりする。
「それなんだけど、キミは以前と同じで男性の恰好でも構わないと言っていたよ」
「……前って、異世界云々を知ってるのの集まりだったから許容するって話だったが、今回も良いのか?」
「まぁキミの場合、下手に女性的恰好で普段の言動をするよりは、マシだと思われたんじゃないかな?」
「何か引っかかる物言いだな。 ま、それで構わないってんならそれで良いか」
「良いんだ……」
聞く人が聞いたら完全に悪口なのだが、本人が気にしないなら何も言う事はない。
「じゃあキミは参加で構わないのかい?」
「仕方ないから行ってやるぜ」
「……キミは?」
「そうですね、折角の申し出ですので参加します」
「了解した、そう伝えておくよ。 準備は向こうで進めてくれるから、キミ達は健康な状態であれば構わないよ」
……
そうして適当に待ち合わせの時間合わせをして解散となったのだが、私だけは乗ってほしいと言われる。別々に用事がある瑞紀達が去ってからマークの話を聞く事になった。
「――で、話って何?」
「こんなタイミングで聞くのもどうかと思うけど、二人と違ってキミは少々傾倒していると思ってね」
「どういう意味?」
「キミは他とは違い、こっちの世界に心が移りつつあるんじゃないかと感じたんだ。 転移しない日がある二名と比べて、毎回の様に日があれば必ず訪れているよね」
「それは用事があるからで……。 ここ最近は学校に剣を教えないとだから――あ……」
そう口に出しながら、自分がそれを出しにしている事に気が付く。実際に上の依頼でやってはいるのだが、どうしても必ずではなく休みが取れないとは言えない。
「そうだね。 最近のキミはそれを理由に転移していた。 元々異世界転移というのは決して少なくない影響が出るんだ。 ボクは本来の仕事としてそれを監視させてもらっているけど、正直な所頻度が頻発していて控えてほしいと思わなくはないかな」
「……」
土日か休みに行き来しているのは、向こうで高校に通わなければならないからだ。でも仮に生活の主軸をこっちで考えるなら高校に行く意味は薄れる。義務教育ではないのだ。
「まぁ、直ぐにどうこうという話ではないよ。 でもこんな生活が何年も続けられない、というのは覚えておいてもらえるかな?」
「……うん、わかった」
先延ばしにしていたが、ゆくゆくは落ち着く必要があるのは理解していた。
「そもそもだけど、キミは何でこっちの世界に魅力を感じているんだい? 聞いた話によれば文明レベルはキミの世界の方が優れているし、命の危険もない」
「そうだけど……」
「んー……」
そうしていると、マークは考え込んでしまう。少しして結論が出たらしくそれを私に告げる。
「あぁそうか。 キミは彼――あの勇者に会いに来ているんだろうね」
「カティに?」
「だってそうだろう? キミが以前こっちから戻れなかった際に一番交流していて、今では同じ屋根の下で暮らしている」
「暮らしてるって……」
あくまで私の家は元の世界のあの家であって、カティの家には泊まりに来ているという感覚だった。私の部屋として私物を置いている私の部屋は存在するが……。
「キミも彼も好意を抱いていると思うんだけど、その何とも言えない距離感は何なんだろうね。 あの関係はどんな名称が適切だろうか」
「好意って?」
「言わずもがな、恋愛感情だよ。 ……ボクには理解出来ないけれどね」
「恋愛感情……? まさかぁ。 カティと私じゃ釣り合わないよ」
「……」
問題は現状維持の先送りではあるが、今はそのままという結論で話は終わった。尚、話を聞いていたらしいメグミに何故か呆れた目をされた。




