第53.5話 続・剣の指導経過報告
==杏耶莉=炎天の節・十三週目=特権学校・校庭==
上の班と中の班で組ませたペアの組手を済ませると、痛みで呻く生徒たちを見渡しながら一方的に宣言する。
「はい、午前はこれで終わり。 続きはお昼食べてからね」
一対一なら寸止めで加減もしてあげられるのだが、二対一での勝負となれば多少の怪我は諦めてもらっていた。事前に生徒の背後に存在する親御さんに根回して許可は得ている。
それでも攻撃を加えるのは極力上の班且つ手足に留めているし、私の貧相な腕力で木剣なので数日で完治する程度だ。最も手足の赤もしくは青くなっていない場所の方が少ないので痛くないとは言わせない。
「……容赦ないな」
「でもこれぐらいはしないと上達しないって言ったのカティでしょ?」
痛みで成長すると私に教えたのはカティである。
「にしたってなぁ……、あれなら一撃受けたらやられた判定の方が優しいだろ」
「そうかな……? でも手足なら急所にならないし……」
相手を殺すつもりなら頭か首か心臓を狙う。実際寸止めで組手をするならそこを狙っていた。逆に手足に何回命中させれば倒した判定とするのだろうか。
「利き手に一回命中させたらいいだろ。 もしくは片足のどっちか」
「うーん……。 でも本気で自分を殺そうと迫ってる敵って、その程度じゃ戦意喪失しないんだよね」
「どんなのを想定してるんだ」
プイストス平野で戦った時は、一撃で仕留められなかった相手にそうした気概を感じた。犯罪者を処して回っていたあの時も、まれにそういった手合いを見かけている。
「ま、いいや。 ルピルドくん以外の上の班で今日はもう組手やれそうな子は居ないし、次までにやり方は考えておこう」
「……多分だが、アヤリと組手しなくないって言い出しそうな奴も少なくないと思うぞ?」
「そうかな? だってあれだけ組手! 組手! ってうるさかったし……」
「……」
そう話をしていると、校庭の端にある木陰へと辿り着く。そこではエスタルがシートを広げて弁当の準備をしていた。
「じゃあ食べよっか」
「あぁ」「承知しました」
この学校には食堂があって、そこで食事を出して貰う事は可能である。だが、貴族専用の学校というのもあって階級単位で選べるメニューに格差が存在した。それは臨時とはいえ職員も例に漏れず適用される。
私は男爵の最下級なのでお世辞にも美味しいメニューであるとは言えず、エスタルと付き人という扱いであるカティとは並んで食べられない決まりとなっていた。
「それならば!」と、チェルティーナ経由で王子からの特別として、弁当を持ち込んで空いているスペースで食事を摂る許可をもぎ取った。因みに弁当は私作成である。
「――ん、風が気持ちいい。 日陰で風が吹けばまぁまぁ涼しいね」
「そうですね。 陽の光が遮られて密閉されなければ炎天であっても過ごし易いです。 故郷ではそこまで暑さを脅威に感じませんでしたが、エルリーンは四方が何かしらで囲まれているので辛いですね」
「エスタルは動いてないけど、それでも水分補給はこまめにして熱中症だけは気を付けてね」
「はい、健康管理は従者としての基礎です」
『キリッ』と返事をするエスタルから水筒を受け取って私も戻を潤す。
「熱中症だけは気を付けないとね。 ほら、カティも水分補給して」
「んぐっ……。 あ、あぁ」
サンドウィッチを頬張っていたカティにも水筒を渡すと、口の中身を飲み込んでから『ゴクゴク』と果実水を飲む。
「そんな急がなくても逃げないのに。 私も食べよっと――」
「アヤリ先生、宜しいでしょうか」
「ん……?」
振り返ると、私が教えている生徒の一人であるフィオルナが立っていた。その手にはバスケットが下げられている。
「フィオルナ、それは何……?」
「わたくしのランチですわ。 以前先生がお外でお弁当をお食べになっているのをお見掛けして、楽しそうでしたので準備させましたの。 ご一緒しても構いませんか?」
「こんな所で構わないならいいよ……。 はい、どうぞ」
端に寄って一人座るスペースを確保する。
「ありがとう存じます。 それでは失礼しますわ」
フィオルナはお嬢様らしい上品な所作でシートが敷かれた芝の上に座る。誰もお供を連れていないのを疑問に思わなくはないし、場違い感を感じざるを得ないが、彼女の表情は楽しげである。
「先生は白パンに多様な食材を挟んだ食べ物ですのね。 わたくしはこれですわ」
フィオルナのバスケットから現れたのは丸いチーズに腸詰めらしき本格的なソーセージ、そしてワインだった。
(ん、未成年飲酒……。 いや、この国で飲酒に年齢制限はないんだよね)
日本人感覚だとアルコール中毒の危険があるので絶対駄目だが、こっちの人は人種故か結構強かったりする。私やカティを始めとした周りの人間は飲まない人が多いのでそこまで意識していなかった。
「フィオルナって、飲む人なの?」
「ルナリーズの特産品として作っておりますので、幼少より嗜んでおりますわ」
「……それ飲んで、午後動ける?」
「水で薄めておりますし、この程度の量で影響はありませんわ」
「そう……」
飲酒後の運動は危険と聞いた事があるが、子供の頃から飲んでいるという彼女の方が知識も、自分の体の限界も理解しているだろう。特に何も言わずに留めておいた。
(向こうの世界で未成年飲酒なら斬るけど……)
文化的違いから、それを押し付けるのは間違っているので何も言うまい。最も私はこっちでも成人まで飲むつもりはないが……。
「ではいただきますわ」
フィオルナはバスケットに付属していた皿とカトラリーで、優雅に食事を始める。地べたに座っているのでバスケットを台にしているが、器用に食べ進めていく。
私もサンドウィッチを手に取って食事を再開する。すると、それを興味深そうに見てくるフィオルナと目が合った。
「……どうかした?」
「単にパンに食材を挟んだだけですのに、とても美味そうに見えてつい見つめてしまいましたわ」
「ちょっと食べる?」
「宜しいのですか? 是非頂きたいですわ。 ありがとう存じますわ」
自分の分が減るとでも言いたげに無言で講義するカティを見て見ぬ振りをして幾つかフィオルナに譲渡する。
そのお返しとしてチーズとソーセージを少しお返しされる。ワインも勧められたが断った。
「カティ、火のドロップある?」
「……はい」
カティから投げ付けられたそれをディートして非常に小さな火を指先に生成する。それで貰ったチーズを軽く炙る。
「ドロップをその様に気軽にお使いになるとは……。 やはり先生は常人らしからぬ方ですわ」
「……それ褒めてる?」
ドロップは確かに安くない。だが、火のドロップみたいな生産量が多いドロップはマーク経由で比較的安価で入手している。専ら家のドロップ製品の燃料として日常的に意識せずに使っていた。
「お褒めの意で申し上げましたわ。 わたくしは先生を非常に尊敬していますもの」
「そっか……。 どういたしまして?」
尊敬される様な存在であると自分では思っていないが、日が経つにつれ生徒からそういう目を向けられるようになっていた。
(そんな立派な人間じゃないんだけどなー)
そう思いながら、丁度良い加減でとろけたチーズに齧り付いた。




