第52.5話 剣の指導経過報告
==杏耶莉=炎天の節・五週目=特権学校・校庭==
私が剣を教えるようになって、気が付けば四回目となっていた。初めの頃は私が「指導に値するのか」懐疑的だった上の班の何名かは、一刻も早く私に勝とうと必死になっている。
(私が教えるって決めたわけじゃないんだけどね……)
そんなこんなで、裏の思惑など知らずか頭から抜け落ちてしまった件の生徒――クーゴンは、今日も元気に木剣を私へと振り回していた。
「チッ――くそっ――何、で当たらないっ!」
「……」
「――あぁくそっ! またそうやって余裕をかまして、ギリギリで避けるか! わたしの剣なぞお見通しとでも言いたいのか?」
「……口を動かす前に、一太刀でも入れてみなよ」
「くっ、このっ――」
横凪に振られた剣を後ろに下がって避ける。クーゴンはそれを逃すまいと、大きく踏み込んで今度は剣を縦に振り下ろすが、それは体を少し横に傾けて避ける。思い切り踏み込んだ足に重心が偏っていたので、それを足払いするとクーゴンはバランスを崩して膝を付く。そこにすかさず首筋へと木剣を添えた。
「はい、お終い」
「ま、まだだ!」
寸止めで当てはしなかったものの、実戦なら明らかに致命の一撃が入った状態である。組手なら本来はそこで終わりなのだが、そのルールを無視して再度私に向けて剣を振るった。
低く剣を構えて足を狙われた一撃は、足の裏側を使って全体重が掛かった状態の木剣を盾にして防ぐ。私よりも高い身長で頭上をから振り下ろされた攻撃は、横に逸れつつ相手の剣の側面を軽く弾いて逸らす。胴を狙って放たれた突きは足を起点に半回転して避けながら、その勢いのまま首筋に剣が命中する――直前で止めた。
「……」
「そうスカして避けて、卑怯ではないか!?」
「……卑怯って」
戦いにおいて重要なのは、いかに攻撃を受けずに仕留めるか。その一点のみである。私が故意にしている第七隊はそうでもないが、騎士には正々堂々と打ち合う事こそ誉だという考え方もあるらしい。体格的にも恵まれているクーゴンはその典型みたいな思考の持ち主だった。
「常に型にない構えを取り、剣技を用いず、刃が交わる事もない。 これを卑怯と言わず何と言えるか!」
「……合理的?」
「なにっ!」
騎士で教わったものには、上段や下段、突きに適していたりという『型』と呼ばれるもの。左斜め下に振り下ろしたら、右斜め上に切り上げて、その後は横凪に振る……という効率的に剣を振る技術『剣技』と呼ばれるもの。そして鍔迫り合いの際に力を入れる場所といったコツといったものは教わっていた。だが、あくまで基礎として教わったのみだ。剣を覚える取っ掛かりにはなるが、それだけに頼っては生き抜けないと言われていたし、そうした基本に当てはまらない私は早々に独自路線へと舵を切っていた。
それに対してクーゴンは、戦う相手が自分に合わせてくれるとでも言いたいのだろう。恐らく彼に剣を教えたであろう師は、退役したさぞ名のある騎士とかなのだと思われる。今と比べれば当時はドロップの普及もなく、得物と身一つで戦うのが当たり前の時代で戦っていた人だ。騎士団でもドロップが使われるようになったのはマークがこの世界に来て諸々に介入したここ何年からなので、その師の教えが間違っているとは言わない。だが今の時代でこのまま戦場に駆り出されれば、大した活躍も出来ずに最悪死んでしまう、ある種の被害者にもなりかねない。
「クーゴンとそんな剣の打ち合いに付き合う理由って、私にあるの? 私が敵だったら今みたいに首を斬られて終わりなんだけど……?」
「くっ……。 であれば、人を小馬鹿にした避け方は何なのだ!」
「別に馬鹿にしてる訳じゃないんだけど……」
そう、私がぎりぎりで避けるのにも理由があったりする。単なる体力温存だ。散々周囲から才能があると太鼓判を押される剣術の代償とも呼ぶべき持久力がない問題への回答として、極力動かないという結論に至った。生徒相手なら正直な所余裕であるし、相手をしなければならない人数と時間を鑑みれば切実な行動と言えなくもない。同じ理由で剣を振る回数も最低限にしている。
打ち合いや鍔迫り合いをしないのも、単に筋力不足からである。こちとらフライパンを振るだけで手首を痛める握力なので、そんな事をすれば剣がすっ飛んでいくだけだ。それに普段からそういう戦い方はしていないし、今後もするつもりはない。模擬なら兎も角、実戦であれば適当に相手の武器は斬れば済む話だからだ。
「だが――」
「だが、じゃなくて……そろそろ退いてもらえる? 貴方だけに時間は割けないんだよね」
上の班に教える時は模擬戦が殆どを占める。それを一人だけを相手にする事は無理だ。
後ろを振り返って、自らが班内で批判的注目を受けていることに気が付いたのか、クーゴンは私を睨みつつ渋々打ち合いエリアから出た。入れ替わりで上の班の男の子がエリアへと入る。
「よろしくお願いします、アヤリお姉様。」
「うん。 やろっか、ルピルドくん」
ルピルドは誰に教わったのか、剣の指導にも関わらず隙をみて腕だろうと足だろうとふんだんに活用してくる。唯一生徒の中で私に一撃入れた油断できない相手だった。
「……そろそろ見ているだけでなく、教わりたいものですわ」
素振りの休憩を兼ねて、下の班には上の班との模擬戦を観戦させている。その扱いに不満があるらしいフィオルナのぼやきを耳にしつつ、ルピルドの剣を躱した。




