第52話⑤ 不穏な貴族の件について part5
==瑞紀=炎天の節・二週目=グルドランジの屋敷・領主の部屋==
「私とグリッド様で蹴散らしますわ! フェンとミズキ様は援護を!」
「うぃ」「承知しました」
ディートによって生成可能となった武器を生成する。わたしは近距離戦を想定して薙刀を、フェンは短剣を出して構える。チェルティーナとグリッドは素手のままである。
こうして並んでいるのを見るのは初めてだが、別々でなら二人が戦う姿は見た事がある。チェルティーナは怪力のドロップによって増加した力を振り回す豪快な戦いを得意とし、グリッドは軽化のドロップによって身軽となった体でアクロバットに戦う。武器がない分リーチこそ不利になりがちだが、場所に捕らわれず隙がない。そんな二人はどちらも体術を得意としているものの、一通りの武器も扱えるそうだ。
「ていっ!」
わたしは薙刀を振り回して牽制をする。長さだけなら槍よりも優れている為、傭兵も迂闊に近づけない。特に武器が一つの向こうに対し、こちらはドロップがある限りは補充が効く。その反面、時間を稼がれれば弱いので無理に牽制しかしないわたしに近づく理由もないのだろう。
あくまでこちらのアタッカーは素手二人である。フェンもわたし同じく短剣を適度に投擲してチェーンハンマーの様な遠くを攻撃できる武器を扱う相手だけを狙って牽制に勤めている。
「――脆いですわ!」
「ぐおっ!」
チェルティーナが回し蹴りを繰り出すと、振り下ろされようとしてた剣が側面から粉砕する。手にしていた敵は持っていた腕が巻き込まれて嫌な方向に曲がった。
「――よっと。 ――破片が飛んできたぞ、チェチェ~」
「ごべっ!」
それを隣に居たグリッドが剣の残骸を飛び上がって躱しつつ、別の敵を全身で踏み付ける。
「失礼しました――わ!」
「ぐふぁっ!」
死角から突き出された槍をすれすれで避けながら、指先だけで槍を圧し折り、その先端を槍の持ち主へと突き刺して返却する。
(無双状態だな)
人間業とは思えない跳躍を披露するグリッドに、大の大人を片手でぶん投げて押し寄せた敵をドミノ倒しにするさまは雑魚敵を大量に屠るゲームみたいだった。
「えぇい、たかが四人に何を手こずっておる! 貴様等を雇うのに大金を払っておるのだぞ!」
「ま、大勢つっても室内じゃなぁ~」
「ですわね。 野外で囲まれればいざ知らず、幾ら広い部屋とは言っても同時に相手する人数には限りがありますわ」
「武器も合ってないよな。 わたしみたいに守りに回るならいいけど、んな振り回し難そうなもんばかり持ってるし……」
「同意です」
「ぐぬぬ……」
気が付けば部屋を回り込んで出口側に立っていたグルドランジは、流れるように駄目出しをされて顔を真っ赤に染め上げる。
「有力貴族だからと加減をしていたものを……。 貴様等! あの小娘もろとも殺してしまえ!」
そう怒鳴るグルドランジだったが、戦況になんら影響を与える事はなかった。ドロップの消費が一番早いチェルティーナでさえ無傷で四度目のディートをした所で不利を悟り、背を向けて逃げ出した。
「あ、逃げたな~」
「想定より早かったですわね。 ミズキ様、私達で道を切り拓きますわ。 急ぎ見張り台へと」
「おう!」
その言葉を合図に、チェルティーナとグリッドが向かい合って手を取った。一瞬ダンスでもしそうな雰囲気になった直後、チェルティーナがグリッドを持ち上げると振り回した。
「のわっ!」「ごわっ!」「ひ――ぐほっ!」
息の合った二人によって、傭兵たちは蹴散らされていく。何故あれでグリッドが怪我をしないのかも、どんな原理でそれが行われているのかも不明である。いや、原理というか、仕組みならわかる。チェルティーナの怪力とグリッドの軽化の合わせ技だろう。
(ありゃ、もはや災害だな。 竜巻舞踏とでも名付けよう)
「今ですわ!」
「あ……お、おう」
脳内命名をしている内に、部屋外への突破口が開かれていた。わたしは薙刀を一度仕舞って駆け出した。
「なっ――待て!」
「待てと言われて待つ訳ないだろ」
ここの警備として雇われていた傭兵は、全員がもれなく鎧を着込んでいた。対するわたしは最低限の防具のみである。そこに現役JKの身体能力が合わされば追いつかれる筈もない。あっという間に追っ手を突き放した。
(どこにも見張りが居ない。 考えなしに全戦力投入とは……戦略ゲーなら敗北待ったなしだな)
戦闘力のなさそうな使用人らしき人間を避けて避けられて、わたしは一直線にこの屋敷の見張り台を駆け上がる。
わたしに託された役割は、ずばり『逃走するであろうグルドランジの追撃』である。国を敵にするだけの行動の裏には、逃亡を手助けする存在があるものと予測している。それがギルノーディアの何かであれば、逃亡先で重要な国の情報が筒抜けになってしまう。
(国境は向こう側……ビンゴ! やっぱそっちに逃げてるっぽいな)
高い場所にある見張り台から町の外壁を見渡すと、小さい人影が馬に乗って逃げているのが見える。自らの権威を強調せんとする豪華で悪趣味な服が光を反射しているので、見間違いではないらしい。
(何発も打てないぞ……。 集中しろ……)
ディートし直して生成した弓――貫通弓で矢を引き絞る。
(研ぎ澄ませ……)
どんどん距離が遠くなる的に対して心を沈めて向き合う。
(――今だっ!)
放たれた矢が遠くにある点へと吸い込まれ、その点は進み続けるものとその場から動かないものに分離する。落馬して留まる点がグルドランジで、進み続ける点が荷物を降ろした馬だろう。
(急所に当たって死んでないといいんだけどな……)
幾ら風の影響なんかを受けずに真っ直ぐ進む性質がある矢とはいえ、この距離を一発で命中させただけでも褒めてもらいたいものである。気持ち右側を狙ったので腕辺りに刺さっててくれればいいのだが……。
そうこうしていると、町の方からもう一つの点がグルドランジへと向かって行く。当初の予定であればフェンが落馬したグルドランジを確保する事になっているので、恐らくそれだろう。
(……戻るか)
めっぽう強い二人が居る領主の部屋へと戻ると、既に戦闘終了していたらしい。戦闘不能となった傭兵が散らばり、戦意喪失した傭兵を縛り上げていた。
「強すぎるだろ……」
「当然ですわ!」
「……」
あの乱闘で返り血を一切とはいかないまでも、僅かにしかドレスの染みにしていないチェルティーナ。そして軽傷ではあるものの武器として振り回されてめちゃくちゃなグリッドは対照的に見えた。




