第52話④ 不穏な貴族の件について part4
==瑞紀=炎天の節・二週目=グルドランジの屋敷・領主の部屋==
「突然の来訪、驚きましたぞ? レスタリーチェ嬢」
グルドランジの見た目を生き物に例えて表現するのであれば、顔はガマガエルで体は狸だろうか。端的に言えば醜悪でがめつさが服を着ているようなものである。
男であるグリッドと、一見男にしか見えないわたしとフェンには目もくれず、チェルティーナの上から下まで舐めるような視線でなぞる。
わたしなら背筋が冷たくなりそうなそれだったが、チェルティーナは顔色一つ変えずに礼をする。
「いきなり訪ねてしまい、申し訳ございません。 そしてお久しぶりですわ、グルドランジ様。 近頃は王都の催しに顔を出さなくなって久しいですが、病気の類ではなさそうで一安心しましたわ」
「そうですな。 なにぶん、この地での政策で忙しいものでして……。 任せられる臣でも居ればよいのでしょうが、領地の重大事項故、わしが直々に従事しております。 ご心配をお掛けし、わざわざ御足労を掛けた様ですな」
「とんでもございませんわ。 伺ったお話によれば、随分と景気が宜しいらしいですわね。 我が領もお零れに預かりたい所ですわ」
「我らが国でも広大な領地を任されるレスタリーチェの貴女が何を仰いますのやら。 その領地で得られる利に比べれば、この町の利益など雀の涙でしょう」
「いえ、限られた領土にて最大の成果を国へと齎されているグルドランジ様には敵いませんわ」
「そんな事もないですぞ」
「うふふふふ」「はははは」
貴族的駆け引きでまどろっこしいが、要約すると「最近見ないが、何を企んでる?」「自領の運営だ。 わざわざ見に来てなんだ?」「自領の運営って利益の出方がおかしいが、どんな悪い事してるんだ?」「お前の領地に比べれば対して儲かってない」「額の話じゃなくて内容を聞いたんだけど?」「別にいいだろ」といった所だろうか。杏耶莉辺りなら親し気に話してるとでも勘違いしそうだ。
「して、国の重鎮の家であるレスタリーチェ家の跡継ぎ候補が動いているのです。 弱小領の顔見せにわざわざ訪れるというのはどうしても勘繰ってしまいますな。 此度のご用向きをお聞きしても宜しいですかな?」
「えぇ、そうですわね。 私としてもお話が早くて助かりますわ。 単刀直入に申し上げますと、此度の次期王を決める選挙にて、何故第二王子殿下を支持すると流布したのでしょう。 その真意をお聞きしに来ましたわ」
「その様な用向きでしたか。 そうですな、これまでは第一王女派に身を置いておりました。 この領地を国より与えられているイストバーグ殿がそこに所属しておりましたからな。 ですが我が領はかの国と隣接しておりますので、ひとたび戦にでもなれば影響があります。 先だっては進行先が此方に向かって来なくて影響こそ御座いませんでしたが、次はどうなるか……」
「そうですわね。 国の極東に位置するこの場所では危惧するのは頷けますわ」
「はい。 ですので……争いを好まない、戦争反対派である第二王子を支持したく宣言いたしました。 確かに第二王子はこれといった活動をしていないのもあり、此度の選挙にて王位を得るのは難しいでしょうな。 ですが、自らの考えを伝えるべく――」
「第二王子、ラングリッド様は王位を継ぐつもりはないとかねてより仰っておりますわ。 それについてはどうお考えしておりますの?」
長ったらしいグルドランジの会話を遮り、チェルティーナが質問をする。遮られて顔をしかめらせるも、グルドランジはそれに答えた。
「そうですな。 第二王子が王位を就いて下さるのが最良であると思っておりますが、現状で難しいと理解もしております。 ですがわしは――」
「話を繰り返すようで悪いですが、貴方の感情ではなく、あの方の考えについて問いていますわ。 話をすり替えないで下さいますか?」
再度話を遮られて、グルドランジの取り繕っていたらしい顔の皮が次第に剥がれる。口調こそ丁寧柄も不満気に質問に答える。
「……そうですな。 お考えには共感致しましたが、なにぶんそのお方にお会いしたこともないものですので……」
「でしょうね。 仮に会いたいなどと申し伝えようとも目通りは難しいでしょう」
「そも、前の所属である第一王女派でも、今の所属である第二王女派でもないレスタリーチェ嬢がお気になさるのですかな?」
「そうですわね。 私個人と致しましてはラングリッド様のお考えに共感するものの、レスタリーチェ家は第一王子派ですもの。 尤もな質問ですわね」
「あの令書は第一王子によるもの。 関係のない派閥の貴女に申す必要は――」
「ですが、私は第一王子殿下の命により参上しておりますが、それと同時に第一王子殿下からも真意を探る様にと仰せ付かっておりますわ。 私は貴方と違ってお目通りしておりますもの」
お目通りどころか目の前に居る。それをこのガマダヌキが知る筈もないが……。
「なっ……。 そ、それを証明するものは……?」
「御座いませんわ。 そして必要もありませんもの」
「は……?」
「これより、第一王子、第二王子の命にてこの屋敷の捜索を致しますわ! グルドランジ伯爵、貴方には売国の容疑が掛かっております! この屋敷にある資料の閲覧の許可を!」
「そ、そんなもの――許可する訳がなかろう! えぇい、この小娘を捕らえよ! 他の護衛は殺して構わん!」
その号令と共に、部屋の内外に居た警備の人間がわたし達を取り囲む。その手には物々しい槍や剣といった武器があった。
「警備の者が集まる速度が速すぎるな~。 最初から穏便に済ますつもりはなかったらしい」
「ですわね――フェン! ミズキ様もお願いしますわ!」
「承知しました」「おう! 退屈してたとこだしな!」
対して丸腰であるわたし達四人は、全員がドロップを取り出す。
「此方は全員が武具を扱う歴戦の傭兵が百人余り。 対して貴様等は戦闘継続に制限の存在するディーター。 勝ち目はあるまい!」
「らしいぞ」
「そっか~。 大変だな」
「……御二人共、怪我はなさらない様に」
此方がディートするの合図に、傭兵が一斉に迫る。大乱闘の始まりだ。




