第50話① 瑞紀の家族
わたしは男になりたかった。
わたしの性意識がどうこうって話ではなく、女より男の方が強いだろうという単純な思考によるものである。
物心付いてそれなりに経った後、それまで別段忌避すべき要素のない父が次第に荒れていった。今にして思えば仕事をなくし、わたしの預かり知らぬ所で打ちのめされた反動がわたしと母へと爆発したのだろう。
そんな現状を受け入れるしかない無力なわたしは、自らの性別を理由にただ逃避して耐えるだけだった。
だが仮にわたしが男だったとしても、実際は父に反抗するのは厳しかった様に思える。肉体労働に勤めていた父に、小学生のガキが対抗するのに男か女かなんて些細な差でしかない。寧ろ成長速度の違いから女子有利まであるかもれない。
結局の所、性別なんて理由でしかなく、言い訳にして現状を受け入れていたに過ぎなかった。
当時に戻れるなら、女だろうと小さい体でも母を守るべく行動できるだろう。行動原理なんて、気持ち一つで変わるものだ。
過去を後悔しているからこそ、今のわたしは言い訳を探さずに動ける。そして、性別に縛られずに生きていた。
==瑞紀=風天の節・十三週目=瑞紀宅の押し入れ==
(あれ、おっかしいな……)
伊捺莉が帰って行って数日、わたしは家であるものを探していた。
(視界に入れてくねぇって思って、奥底に放り投げてちまったから分からなくなったな。 捨ててないから探せばあると思うんだが……)
『ガサゴソ』と埃を被った押し入れでそうこうしていると、後ろから声を掛けられる。
「お嬢様、何をお探しですか?」
「お嬢様って呼ぶな。 ってか、帰ってたのか」
買い物に出掛けていた赤野が戻っていたらしい。
「それで、瑞紀ちゃんは何を探してるのですか?」
何となく留守の間にと思っていたが、別段隠す意味もないので素直に聞くことにした。
「えぇとだな、昔のアルバムを見たくなったんだが……」
「……何か、心境に変化がありましたか?」
お袋が死んで親父が豚箱にぶち込まれた後、それ以前を思い起こされる品は遠ざける様にしていた。それを今になって掘り起こしているのは先日の杏耶莉達のやり取りを見て、そんな気分になったからだった。
「少し、な。 で、ないんだが赤野は知らないか?」
「乱雑に放置されていたものをワタシの部屋にて保管していました。 一時期の荒れ具合からして、見つけたそれを処分しかねないと判断していましたので」
「んな事しな……いや、それも否定できねーか」
今でこそ多少は落ち着いている自覚はあるものの、数年前の特に中学時代は今よりも荒れていた。思春期のそれで捨ててしまっていても何ら不思議はないだろう。
「ま、それをどうこうするつもりはないから見せてもらえるか?」
「承知しました」
少しして、赤野が持って来たアルバムを開いた。
どこかレトロな物を好むお袋によってわざわざ携帯の写真がプリントされたそれを一枚一枚見ていく。
「可愛いですね」
「可愛くねぇだろ」
写真を撮るなんてのは、親父が荒れる前だけだろう。特に被写体として好まれるわたしの写真が大部分を占めていた。
わたしは子供好きとはお世辞にも言えないので、これを見て可愛いという感想はない。
「……」
時折一緒に映る両親の顔は、大概笑顔か楽し気なものが多かった。わたしの記憶にはあまり残っていないが、実際に存在した壊れる前の家族の姿だった。
アルバムは全て埋まっている訳ではないらしく半分程で途切れた写真の後ろに広がるのは真っ白なページだった。そんな何もないページ何枚か捲った後、このアルバムを閉じた。
「赤野、聞いても良いか?」
「何なりと」
「お袋……わたしの母親はどんな人間だったんだ? 正直、わたしはあんまり記憶になくてな。 お前の方が知ってるだろ」
「そう、ですね……。 貴方の御母様、雛紀様は一見お淑やかに見える方ですが、負けず嫌いで芯の強い方でした」
「芯の強い、ねぇ……」
わたしの記憶に残るお袋は、親父にビビッて顔色を窺うだけの女だった。
「はい。 信じれる方、とも言うべきでしょうか。 学校に通っている時、窓ガラスが割れる事件が発生して、それの犯人と思わしき人が居ました。 その人は素行が良いとは言えず、教師も他の生徒もその人が犯人だと疑わない状況となっていました。 ですが、あの方は『嘘を付いている様には見えない』と、状況を聞いて回って、真犯人を見つけるに至りました」
「……」
「本家を出る時も、当主様と大喧嘩になりまして……それで祭儀には啖呵を切って飛び出す様に出て行きました」
「ほぼ家出だってのはあのババアに聞いた。 それで帰れなくなってそのまま死んだってのは笑えないな」
「それは違いますよ」
わたしの発言を聞いた赤野は、『ぴしり』とそれを否定した。




