第49話⑥ お姉ちゃん
==杏耶莉=風天の節・十二週目=カーティス宅・杏耶莉の部屋==
二人っきりになった私と伊捺莉は、これまでの出来事を話し合った。
一人になった私はそのままあの家に住み、数年の後この世界へと転移した。
そこで出会ったカティやチェルティーナ、サフスにマローザの事を話した。その後一度元の世界へと戻ってまた何年かした後、二つの世界を行き来している事、そして同様に行き来している瑞紀や宿理についても話した。最もこっちは瑞紀からある程度聞いていたらしかったが。
そして、同じ様に伊捺莉もあの事件以降について話してくれた。
何の因果か、並行世界である伊捺莉も異世界から飛び込んで来た事件に巻き込まれて今に至るらしい。現在はとある機関に属し、恩返し兼平和の為に混乱を鎮める活動をしているという。
「――えー、そんな風に思ってたの?」
「そういう貴方こそ、一年しか年下じゃないのに子供扱いし過ぎだよ。 そもそも――」
双方、当初は余所余所しい話し方になっていたが、身の上話を続けている間に気が付けば打ち解けて気安い会話になっていた。
話題は現在から遡り、あの事件前に内々に秘めていた姉妹間の本音を今だからと、言い合う仲にまで至った。
「――あれ、伊捺莉の六歳の誕生日は動物園じゃなかった?」
「ううん、水族館だったよ? イルカショーで水飛沫を浴びたって記憶があるから間違いない」
「そっか……。 伊捺莉がパンダを見たいって行ったのに、休憩時間だとかで見られなくって大泣きした記憶があるから私も間違ってないと思う……。 これは別々の出来事っぽい?」
「そうだね。 ふーん……パンダか――」
時折、こうして話が噛み合わない事もあった。恐らくそういった細かい違いが並行世界だからなのだろう。だがそれでも、細かい仕草や記憶から彼女はやはり私の妹だと実感させられる。
「それでおね――貴方は、剣を使えるんだよね?」
「……そう、だね。 自慢じゃないけど闘技大会で優勝する程度には強いよ?」
「ふーん……。 では、手合わせしてみない? どうせ、明日にならないと向こうの世界には戻れないんでしょ?」
正確には、リスピラのステアクリスタルを使えば今すぐにでも向こうに行ける。そうして伊捺莉の仕事である歪みの削除を向こうで終えてしまえば、彼女は私の手の届かない世界へと向かってしまう。
恐らく伊捺莉も、それには気が付いている。でも、大義名分として少しでも一緒に居たいと思ってくれているのだろう。
「いいね。 やろっか!」
「じゃあ早速準備しよう!」
怒涛の勢いで部屋に私達を押し込めた宿理も、仲良く出て来れば何を言う事もないと思われる。
「純粋な剣術なら負けなしって、この世界で一番強い人からお墨付きを貰ってるからね」
「私だって、幾つも修羅場は潜り抜けてるから。 負けないよ?」
この後休憩を挿みつつ、カティ宅の庭で日が沈むまで打ち合いをした。
最初は内心気にしてた勝ち負けの回数も、途中から数えるのも忘れて幾度も剣を交わし続けた。絶対勝ち越してはいるとは思うが、伊捺莉もかなりの強さではあった。
……
打ち合いをした翌日。筋肉痛でくたくたとなった私と伊捺莉は、瑞紀と楓を伴って日本にて歪みの削除をして回った。
「――っと、これで最後だね」
「……」
向こうの世界では歪みの暴走により一度化け物が現れてしまったそうだが、こっちではそういった問題もなく全ての歪みを消し終えた。
「(瑞紀さん)」
「(お、おぅ……)。 えーっと、ちょっと周りを楓と見て回ってくるわ」
「……うん」
楓が瑞紀に耳打ちをして、瑞紀がそんな事を突然言う。明らかに気を使われているのは私にも伊捺莉にも分かるが、何を言うでもなく離れる二人を見送る。
「……」
「……」
「……もう行っちゃうんだ」
「……うん、そうなるね」
「もうちょっとゆっくり、とかってのは難しい?」
「無理。 一応私の役目は終わったからね。 長居は出来ない」
「そっか……。 ……あのさ、歪みって時間渡航にが関係してるって言ってたよね? それってもしかすると――」
「それ以上は言わなくていいよ。 場合によっては捕えなくちゃいけなくなるから。 ……ほんっと、昔から隠し事とか嘘とか苦手だよね」
「え、気付いてたの!?」
「そりゃもう。 そゆとこ、早めに直した方が良いよ?」
「……」
したり顔でそう話す伊捺莉。 それを見た私は、思わず顔を手で覆う。
「……別に貴方の事だから、悪用したって訳じゃないんでしょ?」
「それは……うん」
「それなら構わないでしょ。 同規模の時間操作をすればこの比じゃない歪みで大変な事になるってのは教えとくけど」
「……どの道、私の意思で起こせるって感じじゃないし、それは大丈夫」
マークの使った装置と、世界を覆うほどの大量の影霧が必要となる。それに、あの時の注意事項から気軽にやり直せるとは微塵も思っていない。
「ま、六笠さん達も知らないみたいだし、貴方が関わってるってのは私の胸に仕舞っておくから安心して?」
「ありがとう、伊捺莉」
「それに、結果としてだけど……こうして会えた訳だしね」
「そう……だね。 そうだよね!」
そんな話をしている内に、瑞紀達が戻って来る。どうやら別れの時間らしい。
「それでは、私は戻ります」
「おう、達者でな!」
「結果としてこの世界の危機を排除して下さり、ありがとうございます」
「いえいえ、私の仕事ですので。 それに、先輩御二人にも迷惑掛けてましたし……」
「……それもそうだな」
「そう返すのもどうかと……。 私の立場から言えたことじゃないですが」
「なはは!」
二人に別れの挨拶を交わす伊捺莉を見て、目頭が熱くなるのを必死に堪える。
「伊捺莉……」
「私はもう何度となく別れを繰り返してるけど、そっちはまだだもんね」
「……」
「分かってる? いつかは貴方も向こうの人達とさよならしないとなんだよ?」
「分かってるけど、でも――」
「まったく、どっちが姉なんだか……」
そう言って、伊捺莉は私を抱き締める。私もそれに答える様に腕を回した。
「それに、生きてさえいれば……最後とは限らないでしょ? 最も歪みで呼び出されるのだけは御免だけどさ」
「うん。 うん……」
そう言って、私から離れる伊捺莉。別の世界から来た、私の妹。
「また会えたらその時にでも……」
「うん。 また、ね」
「それでは、六笠さん、宿理さん。 じゃあね、お姉ちゃん」
「――っ!!?」
最後に初めて、私に向けてお姉ちゃんと呼んだ伊捺莉。そんな彼女は照れ隠しのつもりか、私が返事をする前に目の前から一瞬で消えてしまった。
「……行っちまったな」
「……ですね」
「……」
先程まで伊捺莉が立っていた地面をじっと眺める。
「……二人も、色々ごめん。 そして、ありがとう」
「構いませんよ」
「だな」
「……例え異世界の相手でも、私の家族だからね。 行ってしまう前に仲直り出来て良かった」
「(家族か……)」
「……?」
瑞紀が一瞬、そんな事を呟いて真剣な表情になる。だが、すぐにいつもの調子に戻って両手を天に伸ばした。
「あー明日も学校かよー! 休んだ気がしねーな!」
「遅刻しないでくださいよ、瑞紀さん」
反対方向に歩き出した二人の後ろに付いて歩き出す。
「そうだよ? 月曜の遅刻率、三割超えたら進級させないって河井先生が怒ってたし」
「あれは冗談じゃねーの?」
「瑞紀さん……。 あの先生が怒るってよっぽどでは――」
日常に戻ったと感じさせる会話をしながら、私は最後に振り返る。誰も居ないのを確認すると、前に顔を向け直した。




