第48話⑤ 楓の仲裁作戦その二
==楓=風天の節・十一週目=カーティス宅・リビング==
「――それなら、悪いのはわたしか」
名乗りを上げた六笠は話を続ける。
「杏耶莉。 お前の妹を殺したのはわたしも同然だ。 わたしは恨まれたって仕方ないよな」
「それは違います、六笠さん。 元々事件を起こしたその男性が諸悪の根源でしょう」
「だが――」
「俺も、ミズキが悪いとは思わない。 自分勝手な考えなのは分かってるが、結果的にアヤリを守ってくれたんだろ? なら悪くはないだろ」
私がヘイトが六笠に向かない様にして、静かに事を見守っていたカティが自らの考えを述べる。
「……この話の目的は誰が悪かを決める事ではなく、仲裁です。 どうでしょうか、春宮さん、伊捺莉さん。 ちょっとした行き違いというだけでお二人が険悪になる必要などありません」
「そう、ですね。 とんだ早とちりで責めてしまって――」
「……違う」
「え……?」
伊捺莉が謝り掛けたのを春宮が止める。
「……やっぱり、悪いのは私だよ」
「ですがそれは、帰宅時間が――」
「そうじゃない。 私が落ち込んでたのは、伊捺莉に責められたからじゃない。 もしかすれば伊捺莉を助けられたかもしれない自分に怒ってたからだよ。 帰る時間がちょっと遅れたのだって、走って帰れば間に合った。 瑞紀を理由に助けれなかったなんて考えられない」
「杏耶莉……」
「でも、そうなればアヤリも助からなかっただろ?」
「それだって、伊捺莉の世界で帰るよりも早く私が戻ってれば、どっちも助かったかもしれない。 もっと早く帰っていれば、あの事件も起きずにお母さんもお父さんも死ななかったかもしれない」
確かに春宮の帰りを待っていたので、早期に出掛けれいれば防げたのかもしれない。
「だからやっぱり……悪いのは伊捺莉の言う通り、私だよ」
「――違う!」
そんな卑下した発言を否定したのは、他でもない伊捺莉だった。
「違うよ! 本当に逃げたのは私。 あの時、何も出来ずにお父さんお母さんを死なせて、最後まで逃げてただけなのは私」
「それだって、私がもっとうまくやれれば――」
「そんなの無理に決まってる。 相手は大人の男で、刃物を持ってる。 それを倒すなんてお父さんにもお母さんにも無理だったのに、どうやってやるって言うの?」
「それは……」
「子供だった私達には倒せない。 でも、そんな中でも私は逃げるだけだった。 あの日、家族全員を見捨てて逃げて、生き延びた。 あの時――駅前で会った時も、追及されたくなかっただけだった。 偶然にも出会った貴方に、責任を転嫁して誤魔化して、酷い言葉を投げ付けた」
「伊捺莉……。 でも、私がどうにかして助けられれば――」
「だからそれは無理でしょ! 悪いのは私で――」
「いや、私が悪い――」
「「私が――」」
そんな責任の奪い合いでの水掛け論が繰り広げられる。数年ぶりに、世界すらも跨いだ姉妹喧嘩である。
先程私はこの集まりの目的を言っている。悪者を決めるのではなく仲裁であると。それを忘れてヒートアップする二人に、私も感情が引っ張られていた。
「だーかーらー! この集いは二人を仲裁するのが目的だと言ってるでしょう!」
「え……」
「宿理さん……」
私は感情のままに、言葉を吐き出す。
「今ここで、どっちが悪いかなんてどうでも良い! 重要なのは、面倒な貴方達が周囲に気を使わせていた状態をどうにかする事! 双方が悪いと思っているなら謝罪して、それで事を収めなさい!」
「わーお……」
「カエデ――ヒッ……」
頭に血が上っていた私は、五月蠅い相手を睨んで黙らせる。
「で、杏耶莉さんと伊捺莉さん!!! 謝罪、はい!!!」
「「えぇと……」」
「しゃーざーい!!!」
「「ご、ごめんなさい!」」
謝らせた二人に、私は言葉を続ける。
「別に失敗する事は間違いではありません。 それを次に繋げるのが重要です」
(……? この言葉、どこかで……)
既視感を覚えつつも、続ける。
「お二人は、その事件を糧に誰かを助けるという道を選べるではありませんか。 それで十分です」
「「……」」
「それに、結果として異なる世界で分かたれた姉妹が、運命的に再会できたというのに手を取り合えなくてどうするのですか? 何故再会を喜べないのでしょう?」
「だよな……。 お前ら、自己犠牲が災いしてどっちも損してるぞ」
「六笠さんの仰る通りです。 それだけでなく、私達が険悪にならない様に気を使ってました。 ですので、全員が損しています」
「「……」」
「本音を吐き出して、少しは落ち着いたでしょう。 それなら、積もる話もあるでしょう。 どの道明日まで何も動けないのですから、ゆっくりお二人だけで話をしてみては如何ですか?」
「アヤリ。 家族と会える内に話はしておくべきだぞ」
「うん……」
「だな。 伊捺莉も話をしたい事もあるんだろ?」
「は、はい……」
……
そうして壮絶な姉妹喧嘩は終わりを告げた。この家の春宮の部屋に、二人を押し込めてしまう。こうでもしなければ、周りを気にしてまともな会話は出来ないだろう。
「……にしても、凄かったな」
「何がでしょうか?」
「いや、キレたお前だよ」
「私、ですか?」
六笠に指を指され、首を傾げる。
「そうですね。 凄い剣幕でしたよ、カエデ……」
「そーなの。 カエデさんこわかったの」
ギャラリーのメグミとリスピラも同意する。
「自分では分かりませんが、そうでしたか」
「そりゃもう。 ヤバかったな。 特に、杏耶莉も下の名前で呼び捨ててる時なんか……」
「え、呼び捨てしていましたか……? それはとんだ失礼を……」
無意識な発言に、顔が熱を帯びる。
「いや同い年だし、んなの構わんだろ。 寧ろこの際、苗字呼び止めにしようぜ。 前々から距離を感じてたしな」
「私、記憶喪失ですので、正確には同い年であるのかも分かりませんよ……? ですのでこのままで……」
「それにしたって、大きく見繕っても二、三歳差だろ。 寧ろ、わたしらより上かもしれんぐらいだ」
「ですが……」
「なんなら先輩呼びでも構わんぞ? な、宿理先輩」
「……承知しました、瑞紀さん。 ですが、敬語と敬称は譲れません」
「いきなりは……ま、無理か。 それでいいぜ、楓」
「春宮……いえ、杏耶莉さんにも構わないか後で聞きましょう」
「律儀だなぁ」
向こうから言い出してくれたことで、呼び方という僅かな違いでも距離が縮まった事を実感して悪くはなかった。
「……で、きょうってなんのはなしをしてたの?」
「あーどう説明すべきか……」
当事者抜きで話すべき内容でもなく、リスピラには適当に瑞紀が誤魔化した。




